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特集 “明日の音を創る ソニー・ミュージックの マスターテープを守る免震移動棚

(株)ソニー・ミュージックエンタテイメント 

CDの生産量は国内No.1静岡プロダクションセンター

昭和57年、世界初のCD製品化以来、常に技術開発を続け、現在CD生産量では国内No.1を誇る㈱ソニー・ ミュージックエンタテインメント。その心臓部とも言うべき2つのプロダクションセンターが富士山を背景に、大井川をはさんで並び建つ。「越すに越されぬ」と詠まれたこの川も、今は国道を始め、東名高速、東海道新幹線がまたぎ、東京まで2時間、大阪まで4時間とかからない。スタジオで録音された多くのスター達の作品を編集したテープが即日のうちに運ばれ、CD に加工、リスナーの手に届けられるのである。

写真1:静岡プロダクションセンター

(株)ソニー・ミュージックエンタテイメント Sony Music Entertainment(JAPAN)Inc.

本社東京都新宿区市谷田町1-4
静岡第1プロダクションセンター静岡県志太郡大井川町相川2001
静岡第2プロダクションセンター静岡県榛原郡吉田町大幡1300-1
資本金196億6000万円
設立昭和43年3月
事業内容レコード(CD、LD、MD等)及びビデオソフト等の企画・制作及び
販売

世界に唯一のマスターテープを自社保管

同社はこれまで、自社のマスターテープを自社スタジオと東京の保管業者に依頼し、分散して保管してきた。しかし、音楽ソフト会社として、財産であるマス ターテープの保管体制の確立が重要と判断。今後のマルチメディアの進展で、音源と映像の多重活用拡大に対応すべく、静岡第1プロダクションセンター内に、万全の防災対策を施した保管倉庫・MT棟を建設した。平成6年10月よりテープの移設を開始している。

震度7の激震にも耐える免震移動棚の仕様

倉庫MT棟の1~4階、延べ1614㎡に8連・9連の 特別仕様のハンドル式免震移動棚が第1期工事として73台、テープの収容本数にして約13万本分が納入され た。現在計画中の収容数は約26万本だが、西暦2004年には保管物が満載になる予定。世界に1本しか存在しない貴重なテープを守るため、ユーザー側よりの要望は、以下のような厳しい条件にまとめられていた。

1.条件

  • (1)震度7の激震に十分耐えること
  • (2)人、 収容物に対し、安全であること
  • (3)女性が軽く動かせる駆動方式であること
  • (4)磁気の影響がないこと
  • (5)デザインが良いこと

(1)については同社では特に重要視し、すでに建物も震度7まで耐えられる頑丈な耐震構造で建築してあった。それらの資料・データを元に、KONGOの新免震プロジェクトチームでは移動棚の構造を検討し、自社実験場で大がかりな加振実験を十数度行ない、ユー ザーの設定する震度7の場合でも、全く問題はないことを証明した。(P.8参照)

(2)~(3)に関しても実験データなどを提出し、ユーザ 一の納得を得た。

(4)収容物が磁気テープであるため、装置からは一切の磁気発生要素(マグネット等)を除いた(写真2)

(5)棚のカラーは、SME本社CIルームのデザイナーより淡いグリーンとアイボリーの金剛の標準色が評価され、それを主体に内装が決められた。またサインパネルの取り付け位置を棚側板中央にし、ロケーショ ンにより見出しの色が分けられている。(写真2)

2.収容物

音楽・映画などのマスターテープ、フィルム等約13 万本

3.棚サイズ、数料

4.棚構造

(1)本体

棚板:見付20㎜(1段当り70㎏積載)

天板:耐震用ガセット構造

側板:Aパネル、Bパネル共パンチングメタル加工

支柱:2.3t

棚フレーム:背面ブレース(連方向)

(2)駆動部

駆動方式:チェーンダブル(2ヵ所)後輪駆動

車輪:材質 S45C

軸受:ピローブロック(特殊仕様)

駆動力:女性でも楽に動かせる機構

(3)埋込みレール:

材質:ステンレス(SUS304)下部転倒防止装置付き

(1)側パネルは、通気性と消火時にガスが行き渡ることを考慮し、パンチング加工とした。特にユーザーからの強い要望である地震対策に応えるため、免震装置以外にも本体構造として、連方向の強度追加のため、背面ブレースを取付ける等の特別仕様となっている。

(2)8連と9連という非常に長い連数であるため、中間シャフトから駆動輪に伝わる力をダブル後輪駆動とした。駆動力を中央寄りにして台車の斜行を防ぐと同時に、駆動力も増している。

5.免震構造

水平加速度1階450gal 4階800gal (MT棟の構造計算により算出)に十分機能する事とし、免震対策として下記の装置を取付けた。 (免震装置の詳細はP.1参照)
(1)車輪ロック解除装置
(2)ESC装置
(3)リリース機能
(1)~(3)の装置により、最も問題となる棚の走行方向の転倒、スリップなどの事故の問題はクリアしている。例えば、人や台車などが通路に存在すると仮定した加振実験でも、作業者の安全性が立証できたと同時に、被試験体の台車にも全く損傷は見られなかった。 (P. 8参照)

日本初のスーパー倉庫・MT棟

建築名MT(マスターテープ)棟
設計管理(株)SME・CIルーム、(株)竹中工務店
施工(株)竹中工務店
構造地上4階 鉄筋コンクリート造
PC工法(スラブ厚450㎜ ピアノ線450ピッチ張り)
床耐荷重1.75ton/㎡
工期平成5年11月~平成6年8月
消火設備イナージェン(窒素・二酸化炭素・アルゴンの混合ガス)消火システム
(国内で初めて導入された設備)
空調室温20~23℃ 湿度50~55%を維持

同倉庫は地震を始め、あらゆる災害に対して、厳しすぎるほどの条件を設定し、その全ての問題を解決した強堅な建築物となっている。 ソニー・ミュージック エンタテインメントで組織されたMT棟建設プロジェクトチームで取り上げられ、検討された個々の問題点は、以下のように解決された。

1. 災害に対する安全対策

①地震:・震度7まで耐える耐震構造とする・インフラ復旧までの非常用発電機設置

②液状化:・砂礫層の地質で液状化の発生なし

③津波:・被害地域外(海岸から5km)

④洪 水::・洪水被害はないと予想できるが、安全上2階床高さ5mとする

⑤火災:・外壁: 耐火コンクリート・内部防火 、イナージェン消火設備など

⑥落雷:・避雷導線

⑦台風:・過去の最大風速・雨量より設計

⑧塵埃:・塵埃を生じない内装材・空調は中性能フィルター使用 (15μ以下)

⑨磁気:・電気設備を遠ざける・消磁された移動棚を採用・高圧鉄塔より離す

⑩防犯:・無窓の堅牢な建屋・カード式電気錠

⑪鉄塔倒壊:・風速40m・震度7で設計されているが安全上倉庫は鉄塔より20m離す

⑫温湿度維持:・常時空調・災害に強い方式・火災時温度が異常にならない構造

写真3:MT棟とCD工場棟

2. 人に対する安全対策

①一人作業:緊急呼出無線式ペンダントを常時着用

②消火ガス:消火効果があり、安全なイナージェンガス

3.公害対策

①電波障害:近隣2軒に電波障害対策をこうじる

磁気テープという環境に左右されやすい性質の、貴重な品物を永久に保管するため、温度・湿度は常に 一定に保たれている。また、日本で始めて導入されたイナージェンガスによる消火システムも非常に興味深い。これは二酸化炭素とは異なり、倉庫内に人が取り残された場合でも窒息せず安全で、温度低下もないため、結露による保管物のダメージも防げるという画期的な消火システムである。

また、内装やインテリアに関しても、ソニー・ミュ ージックエンタテインメント本社のCIスタッフと竹 中工務店のデザイナーが協力し、統一した形やカラーリング、サインパネルの文字にまでこだわった逸品揃い。理想的なアメニティ・ファクトリーの実現に若いワーカーも喜んでいるという。

バーコード、オンラインを利用した検索・入出荷システム

テープ、フィルムの保管状態は、社内のあらゆる部署やスタジオなどからも、コンピュータ画面で検索でき、急な出庫要請もオンラインを通じてMT棟に指示することができる。マスターテープ1本1本に貼付された個別認識のためのバーコードと、棚に貼付されたロケーションコードをハンディターミナルで読み取り、コンピュータによる管理システムにデータを転送する。1日の入出庫数は約200本。現在は男女各1名の専門スタッフが、このデリケートな作業を担当している。(写真4)

図2:マスターテープの流れ
写真4:テープ1本1本はバーコードで管理、全社オンライン上で状態が把握できる。

ユーザーとメーカーの協力体制から生まれるより良い製品

現在移動棚は、その計画の2/3度の第1期の納入工事が完了している。西暦2004年までに26万本収容定だが、それ以降の増加を考え、既に増設用のレールは設置済み。  

平成5年2月に倉庫の建築計画か特ち上がってから、プロジェクトチームでは懸案事項の解決に精力を傾けてきた。上層部の理解・承認を得るために、担当者自らもそれらについて深く研究し、メーカーへ幾度も突っ込んだ質問をぶつけ、話し合ってきたのである。その中からベストの答えが導かれ、更にはより良い改修案が生まれ、製品化された。ユーザーのこだわり、メーカーの営業担当の真摯な対応、ユーザーの要望を満足させる開発スタッフの技術力――どれかが欠けても、この日本でも類を見ないマスターテープ保管棟は完成しなかったであろう。(写真5)

写真5:免震移動棚全景

資料<ソニー・ミュージックエンタテイメント仕様 移動棚耐震試験結果>

試験目的

(1)免震装置の性能試験

  • ロック状態からの解除
  • ロックしたままの状態
  • ESC装置、リリース機能のチェック

(2)通路安全バーの地震時における安全確保のチェック

(3)落下防止金具機能のチェック

(4)作業通路内での作業台車の安全確保のチェック

(5)その他、ラックの構造などのチェック

試験概要

気象庁震度段階と参考事項(1978)は日本で使われている震度階で、諸外国では別の震度階が使われている。説明欄の数字は地動の加速度で、単位はガル(gal:㎝/sec2 )。この加速度は正式には震度階級にはないが参考のために記した。

表1:気象庁の地震階級(「理科年表」東京天文台より)

入力地震模擬波

(1)震度5レベル(加速度周期波形)最大加速度 400gal

(2)震度7レベル(加速度周期波形)最大加速度 800gal(振動数3.1Hz)

(3)震度7レベル(変位周期波形)最大加速度 800gal(振動数1.5Hz)

試験内容

加振方向

解析と結果

1.試験の解析

震度5の421galの場合は、震度4に相当する277galにエネルギーが軽減され、震度7の821galの場合は、実に半分以下のエネルギーに抑えられ、357gal(震度5程度)となり、地震の揺れの抑制に、かなりの効果があることが判る。

連方向の加速度の増加を考慮し、棚構造上の対策として①ブレース②ガセット付天板③転倒防止金具で対応している。

※計測不可能だったが、約4~5倍の加速度になると考えられる。

2.結果

今回、入力加速度が最大800galと、これまでにない試験であったが、走行方向、連方向とも異常は発生しなかった。収容物の落下、破損はなく、移動棚機能の低下にも認められず、通路安全バーにより作業者の保護も確保された。免震装置の機能により、巨大な地震エネルギーが約半分になり、作業者や荷の安全性が証明されるという理想的な結果に、実験に立ち会われたユーザー側も非常に満足された。

(1995年3月10日刊行)