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話し手:内藤 栄さん(奈良国立博物館学芸部 部長補佐) ※所属・部署は取材当時のものです
ー今回、奈良国立博物館(以下、奈良博)の西新館棟では大規模改修が行なわれ、独立型のケースとしては国内外においても最大級の免震展示ケースが導入されました。改修の経緯も含め奈良博の目指した展示設備について、内藤部長補佐にお話を伺いたいと思います。
奈良博では平成22年8月に西新館棟の耐震構造への施設改修を終えました。耐震改修の中では展示ケースの地震対策も施し、秋には平成22年度の正倉院展を開催しました。
奈良博では毎年秋に、正倉院展を開催しています。今年で62回目を迎え、1日に2万人余りの来館者がある日もあり、世界的にも集客力のある展覧会です。
正倉院宝物は8世紀のアジアを凝縮した宝物です。1250年余りの年月を建物の中で良好な保存状態で保管されてきた宝物は、世界でも類がありません。宝物は1度出展されると、その後10数年は展示されることがありません。正倉院展は宝物を鑑賞できる千載一遇の機会なのです。
さて、西新館棟の耐震改修に伴い展示設備の整備も行ないました。特に展示ケースの選定に当り、極めて厳しい条件・仕様を提示しました。①地震対策として、免震構造の導入②高い気密性の確保③自動湿度調整機能の導入④熱の発生を抑えるLED照明の採用⑤ガラスの高透過性と低反射の実現です。
以上、宝物への良好な環境を作り出す為にはこの5つの条件をクリアする事が重要であると考えました。
ーそれらの条件に対する詳しい経緯と要因を紹介していただきたいと思います。
1つ目の免震構造に関して言えば、展示ケースの地震対策として耐震化を図っても、展示品が転倒・破損するリスクは改善できません。又ケース内の上部照明器具の落下が原因で、展示品が破損する事故も過去、報告されています。そこでケース全体を免震構造とすることが重要であると考え、免震装置が組み込まれた展示ケースを導入することになりました。
免震台展示ケース
免震台
2つ目の気密性に関してですが、正倉院展の開催期間中は1日当り平均1万5千人の来館者の放射熱の影響でケース内の温度が上昇し、温度上昇に伴う湿度変化も測定で確認されています。ケースの気密性が悪ければ、ケース外の温湿度変化の影響も受けるため、宝物には好ましくない環境になります。また、ホコリもケース内に入ります。気密性の国内基準として一般に空気交換率0.3%と言われていますが、今回の仕様では0.15%といった世界的にも極めて高い設定値としており、外部環境からの影響を限りなく低減できるよう対策を取っております。一方で気密性が高いために、ケース内の環境が外に換気されにくいという問題も懸念されます。そこでケースで使用される材料や原料にも、揮発性有機化学物質VOCを排除するために厚生労働省及び東京文化財研究所の両基準値をクリアした材料を使用するように要求しました。
パッシブインジケータによる有害物質測定
3つ目の自動湿度調整装置とは、ケース単独で新鮮な調湿空気を内部に送り込むシステムです。奈良博では既に湿度調整装置付のケースを使用しており、昨年の正倉院展において、温湿度観測のデータも非常にすばらしい数値結果を確認していました。一般のケース内には調湿剤を備えていますが、環境変化検証実験を行なった際、調湿剤では数時間が経ってからしか効果を発揮しないことが確認されました。この結果、短時間での湿度変化に対して調湿剤では間に合わないと判断しました。また、本システムはメンテナンス性も良く、本システムの今後の普及を確信しています。
ケース内の温湿度変化試験
4つ目のLED照明に関しては、照明技術も日進月歩で進んでいる中で、現時点最も演色率が高いものを採用しました。検証時に低ルクスでも充分な明るさを確認できました。メーカーからの提案で電球色と昼白色の2種類を混合して使用することにより、光による演出の幅が飛躍的に広がりました。
最後になりますが、5つ目であるガラスの低反射と高透過性能です。観覧者にとってケースは見やすいものでなければなりません。ケースのガラス面に人の姿が反射して、見づらい感覚はどなたでも感じていたでしょう。今回導入したガラスの可視透過率は90%以上、光の反射率は1%未満(通常は8%以上)を求めました。改修前より設置済の既存の展示ケースと並べ比べるとその差は歴然です。来館者はガラスの存在を気にしないで、観覧することができるようなったと確信しております。
壁面展示ケース
覗き型展示ケース
以上今回の改修において、厳しい基準をクリアした展示ケースを設置することができました。館内外の多くの研究者とも協議し、現在考えられる最高水準を求めました。展示品に対しては安全を、来館者には見やすさを追求した事で、正倉院展をはじめ今後の展覧会を楽しんでいただきたいと考えております。
ー本日は、貴重なお時間とお話を頂きまして、ありがとうございました。
取材・文:木本 拓郎 金剛株式会社 企画チーム
(2012年)
奈良国立博物館
所在地:奈良市登大路町50
TEL:0742-22-7771(代)
URL:https://www.narahaku.go.jp/