COMPANY
寄稿:長屋 菜津子さん(愛知県美術館 保存担当学芸員) ※所属・部署は取材当時のものです
筆者はおもに作品(資料)の保存業務を担当している。作品の保存はまず環境が第一である。建築中から始まるこの業務については、前号で沓名氏(山梨県立博物館)が報告ⅰをしておられるので、本稿はその続編となるのかもしれない。
80~90年代は、いわば美術館博物館のベビーブームである。それから20年、30年、あちこちで同じような問題が生じてきているのは、まるで成人病の如くである。建物の老朽化は言うまでもないが、それと同様に「収納」のことで頭を抱えている館も多い。
これは単に物を置く場所がないという直接的な問題にとどまらず、保存環境を考える上でも実は大きな問題である。これは生活習慣病と同様に、静かに進行し密かに慢性化しているのが常なので、当座はその日その日に差し迫ったことが起こるわけではない。しかしいつかは取り返しのつかない事の原因となるものである。
この収納の問題の解決には費用が必要な場合が多い。そこの部分で、まずため息となる館も多いだろうということは承知の上だが、さりとて予算だけで解決できる問題でもないということをあえてここでは強調しておく。この拙稿にお役にたつ情報力あったならば幸いである。
1.愛知県美術飾のバックヤード、その問題点(保存業務の観点から)
割と早い段階から、保存担当として頭を抱えていたのが展示室に隣接するバックヤードⅱである。お恥ずかしながら、これは当館の改修前のバックヤードであり、このように物の整理整頓ができていないということは、清掃ができていないということである。保存環境の基本中の基本は「清浄な空間」である。例えば生物被害対策にIPMⅲプログラムと呼ばれるものがあるが、その第一段階も清浄化が挙げられている。これは作品があるところだけを局部的に実行しても意味がない。展示、廊下の区別は人間にとってのものであり、虫や鼠には通用しない。
さらに近年は、別の問題を懸念するほど事は悪化していた。現代美術の作品はますます大型化している。収蔵庫から展示室までの動線上がこのような状態では、大型作品を通り抜けさせることすら難しくなる。ただ移動するだけで神経をすり減らし、展示台を取り出すだけで体力を浪費していては、肝要な部分で使いたい神経の集中も体力も目減り気味である。
作品保存を考える上で人災ほど空しいものはない。事故の起きにくい環境整備というのも重要な保存業務の一環である。
改修前のバックヤード
2.プランニングの留意点
ということを強調しすぎたせいか、当館の場合は保存担当の筆者がそのプランニングの担当となってしまった。筆者が後にやっておいて良かったと思っていることについて、3つのことを上げる。
①利用可能な空間を探す。
館内各所を見て回り、三次元的に利用可能な空間を探した。結論は積層化しかない。そこで見つけた個々の空間に、積層化の見積を作って頂いた。今回はバックヤードのみという結論になったが、これが無駄にはなったとは思っていない。すべての問題を一度に解決することは無理である。下記で使用者の協議内容に触れるが、この時、「いずれ違う予算がとれて、**に積層が出来たら、今度はそこを改善。だから今は保留」というように、優先順序をつけ中長期的な視野の討議ができたのは、この資料のおかげである。
②実際に扱うことが多い技術者の意見を聞く。
日頃より当館で展示作業を行うことが多い2社の展示作業技術者に話を間いた。個別だったにも関わらず、意見がかなり似通っていたことが印象深い。筆者の机上論の多くはここで却下され、代わりにこちらが全然問題にしていなかったような部分について、その重要さを指摘された。改修後、それらのことを思い出しながら作業の流れを見ていると納得できる部分が多い。やはり餅は餅屋である。
③必要なものは何か、意見をまとめる。
開館以後17年問、展示用の展示台や仮設壁その他は増え続ける一方で、もはや下の方の物は取り出せないという状況であった。取り出せない、そもそもどんなものが残っているのか解らない、だから新しく作る、その悪循環がより事態を悪化させていたのだ。館内でワーキンググループのようなものを作り、何を残し、何を廃棄するのか、基本方針を作ってもらった。残すものは使うものであり、使うものは使えるように収納しなければならない。空間には許容量というものがあることを私達は学んだ。しかし「何を残すのか」という協議は、具体的になればなるだけ、それなりにぶつかりあいになる。そのような状況の中で新たな運用ルールができていった。
以上の作業結果の資料を基に150分の1の縮図の上で、残す備品の落とし込みを行った。大型のものは旋回場所を含めその動線にも留意し、残す物については、ほとんどその時点で配置を決めてしまった。その為、柱の間隔も指定してしまったので、構造体製作が難しくなった部分もあると聞いている。
改修前のバックヤード
レールと専用の荷台を取り付けた
改修前のバックヤード
3.おわりに
美術品の場合、それに合せた仮設の展示台やケースを作らざるを得ないことが多々ある。しかし「手持ちの駒」が展望できるようになったので、新たに作る物に関しても計画は立てやすくなったと考えている。また同じ轍を踏まないよう、それら特注品は廃棄処理費用を製作と同じ契約に入れるというルールも同時に設けられた。
近年、廃棄物処理にかかる費用は高騰している。このことが収納場所を圧迫する原因の一つになっていたのだが、この高騰傾向は加速することはあっても、後戻りすることはないだろうと言われている。このように収納問題はスペースの問題だけでなく、運用方針も同時に考えなければならない問題であることを最後に強調しておく。
ⅰ.杏名貴彦「建築前から博物館の空気環境を考える」PASSION Vol.31 P.12参照
ⅱ.裏庭の意。ここでは外壁と展示室との間の備品置き場と通路を兼ねた緩衝帯のこと。
ⅲ.Integrated Pest Management 森田レイ子「IPMメンテナンス」 PASSION Vol.31 P.18参照
保存担当学芸員 長屋さん
(2012年)
愛知県美術館
所在地:愛知県名古屋市東区東桜1-13-2愛知県芸術文化センター内
TEL:052-971-5511(代)
開館時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで)
入館料:所蔵作品展観覧料 一般500円 高校・大学生300円 中学生以下無料
団体割引料金・免除対象・企画展の観覧料についてはウェブサイトでご確認下さい。
休館日:月曜日(祝日または振替休日の場合はその翌日)
年末年始(12月28日から1月3日)、展示替等による整理期間
URL:http://www-art.aac.pref.aichi.jp/