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衣装博物館と杉野芳子

杉野学園衣装博物館

杉野芳子

寄稿:隅田 登紀子さん(杉野学園衣裳博物館 学芸員) ※所属・部署は取材当時のものです

 杉野芳子は今から50年前の1957(昭和32)年に、西洋衣裳の歴史的変遷を実見できる施設として、日本で最初の衣裳博物館(写真1)を設置した。開館当初は実際に手にとって見ることが可能な、今でいうハンズオン展示の衣裳博物館でもあった。当時、東京にあった歴史系博物館数 *1が9館であったこと *2や、アメリカのメトロポリタン博物館に染織部門が設置された年が1959年、パリ市立モード・服飾博物館が設立されたのが1977年であることなどから、そのアイディアは日本だけでなく世界においても、時代の先端を行くものであったともいえよう。博物館を作るにあたって、杉野芳子は素晴らしいデザインを育むには、その人が置かれた環境が何より大切であるということを説いている。この言葉を裏付けるかのように、杉野芳子の生涯は、まさにその「環境」に自らの身を置き続けたものであった。

*1 ここでいう博物館とは登録博物館と博物館相当施設を指す。

*2 東京都教育委員会「昭和30年社会教育調査報告書」1956年  

外観

(写真1)杉野学園衣裳博物館
 
 杉野芳子が21歳の年に、幼少の頃から抱いていた「何か自分に合うものになりたい」という思いを胸に、憧れの地アメリカへ渡った。アメリカで必要に迫られて身につけた洋裁技術と、女性が働く社会に身を置いたことは、自分らしく生きる素晴らしさを実感した一時であったのではないかと思う。その後、7年間のアメリカ生活を経て帰国した杉野芳子は関東大震災を経験し、日本における洋装化は日本人女性が快活に自立した生き方をしていく手助けになると感じた。そして現在の学校法人杉野学園の前身であるドレスメーカースクール(同年、ドレスメーカー女学院に改名)を開校した。この頃の日本では、洋装に憧れを抱く女性は多かったが、生活の中心が和装であったため洋服を着るための下着も無く、靴屋も東京に一軒しかないという状況であった。その上、洋服の着こなし方を知らない人が多く、初期の生徒達を指導していく上で、その教授法を編み出していくことの困難さは並大抵なものではなかったであろう。しかし彼女はどんな困難にも前向きで、努力を惜しまない性格と豊富なアイディアで、幾度となく訪れてきた困難を乗り切っていった。型紙を使用した製図法や視覚教育を充実させることで、分かりやすい授業を展開し、日本人の個性に合った洋服作りを求めた結果、ドレメ式原型と呼ばれる洋服の製図の元となる型を考案した。そして日比谷公会堂で日本人による初の本格的なファッションショーを開催し、日本初のデザイナー養成科を設置したりするなど、新しい試みを次々と実現していった。
 
 また自身の教授法と技術を磨くために、モードの最前線であった欧米諸国を訪れ、関連する学校を精力的に回った。衣裳博物館の資料には、この間に訪問したクリスチャン・ディオールやジャンヌ・ランバンなどの欧米のデザイナー達との交流が偲ばれる資料(写真2)や、寸暇を惜しんで精力的に収集された衣裳が根幹となっている。特にこれらの衣裳の収集の背景には、当時フランスに在住していた藤田嗣治の尽力があった。後に杉野芳子は藤田の協力無くしては、衣裳博物館の開館は無きに等しいものであったと述べている。そして、衣裳博物館を長い時間をかけて育んでいく必要があるということも述べている。
 
 

スタイル画

(写真2)LANVINスタイル画(1926年冬コレクション)
 
 
 服飾教育において絶え間ない努力と、前へ前へと邁進し続ける杉野芳子の情熱は、後年、自分の人生を「炎」に例え、いつまでも心の情熱を炎のごとく燃やし続けて行きたいと語っている。衣裳博物館は、そんな杉野芳子の熱い思いが実を結んだ1つの形でもある。
 
 

隅田さん

隅田さん
 
 


杉野芳子

杉野 芳子(すぎのよしこ)
1892-1978
千葉県生まれ。千葉県立千葉高等女学校卒業。1913(大正2)年に渡米。帰国後ドレスメーカースク-ル(後のドレスメーカー女学院、1951年には学校法人杉野学園となる)を開校。日本における本格的なファッションショーの開催、ドレメ式原型を考案し、型紙による製図方法を広めた。日本における洋装化のパイオニアとして服飾教育に寄与した。その長年の功績により1955(昭和30)年 藍綬褒章、1960(昭和35年)年 フランス教育功労勲章、1965(昭和40年)年 勲三等瑞宝章を受章した。


(2007年)

杉野学園衣裳博物館
所在地:東京都品川区上大崎4-6-19
TEL:03-6910-4413
開館時間:10:00~16:00
入館料:大人300円 中・高校生250円 小学生200円 団体割引有
休館日:日曜日・祝日、大学の休業日
URL:http://www.costumemuseum.jp/