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大分県立美術館 外観 ©Hiroyuki Hirai
話し手:加藤 康彦さん(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団 大分県立美術館 副館長兼学芸普及課長)岡 しげみさん(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団 大分県立美術館 学芸企画グループリーダー) ※所属・役職は取材当時のものです。
大分市の中心部に2015年4月、県立美術館が新たにオープンしました。運営の特長や、市街地の美術館としての地域との関わり方について伺います。
―美術館の概要と特長について教えてください。
ガラス張りで開放感がある建築が一番の特長といえます。館内1Fと3Fに展示室、2Fに教育普及コーナーおよびカフェがあります。1Fの展示室は可動壁によって作られるため、柔軟に動かすことができるのもまた特長です。1Fのアトリウムやその中のモバイルカフェ、2F全般、3F屋外展示など、美術展を見ない人でも入ることができるフリーゾーンが多くあります。そこにも作品を置くことで、訪れた人が気軽にアートと触れ合えるようにしています。また、2Fのペデストリアンデッキを通じて、以前から道向かいにあったiichiko総合文化センター ※1と直接行き来できます。
※1 iichiko総合文化センター…あらゆる舞台芸術に対応できる大ホール「iichikoグランシアタ(1,966席)」と、音響を重視した中ホール「iichiko音の泉 ホール(710席)」をはじめ、ギャラリー、練習室、会議室等を備えた総合文化施設。1998年9月開館。
1F アトリウム ©Hiroyuki Hirai
2F 教育普及ゾーン ©Hiroyuki Hirai
2F カフェ ©Hiroyuki Hirai
―どのようなコンセプトの美術館なのですか。
まずは「美術館の敷居を低くする」というコンセプトがあります。それを受けて、このように開放感のある設計になりました。
また、「出会い」と「五感」というコンセプトも重視しています。当館 で開催する自主企画の展覧会においても、作品と作品、作品と観客が出会うこと、そしてこれまでは見るだけだった展覧会を五 感すべてで体験してもらえるものにすることを目指し、館長の新見自ら企画を練っています。開館記念展の「モダン百花繚乱『大分世界美術館』」も自主企画でしたが、絵画だけ、陶器だけというようなゾーンは作らず、絵画と陶器、絵画と衣服など、ジャンルを超えたものを一緒に展示し、通常 の展覧会で はあまり例のない構成にしました。 作家や絵画技法に関する勉強ばかりの展覧会ではなく、もっと自由な感性で鑑賞し てもらい、見た人が各々の物語を描いてくれるような美術展を理想としています。これは「美術館の敷居を低くする」ことにもつながる部分だと考えています。
「モダン百花繚乱『大分世界美術館』」展の様子 〈左右写真提供:大分県立美術館〉
来年の春には、展示室でパフォーマンスや詩の朗読などを行う「シアター・イン・ミュージアム」という企画も考えています。さらには当館の教育普及活動としても、五感を使ったワークショップを行っています。美術館という 場に来るとどうしても構えてしまって鑑賞を楽しめないという方も、このワークショップによって五感をウォーミングアップしてもらい、素の自分になって鑑賞してもらいたいと思います。子どもたちより も大人の方々のほうが、夢中になってワークショップ に取り組まれていますよ。
それに加え当館は、「大分にしかない美術館」というコンセプトも掲げています。大分の美術を守ることが当館最大の使命ですが、美術そのものだけではなく、それを育んできた大分の自然や風土も伝え、活かしていかなければならないと考えています。そのため 建物に用いる木材なども、大分県産のものを使用しました。さらに、先ほど申 し上げたワークショップの中で、大分の石や土を砕いて顔料にしたり、竹や七島イ(藺) ※2 という県産材を使うなどして地域に根差した活動を展開しています。
※2 七島イ(しっとうい)…大分県の国東地方だけで生産されているカヤツリグサ科という植物で、畳の材料となります。
似ているもので「い草」がありますが、い草の断面は丸いのに対し、七島イは三角の形をしています。(七島イ振興会 ホームページより)
ワークショップ「布と戯れる」の様子 〈写真提供:大分県立美術館〉
地域の資源を使った絵の具づくりのワークショップも開催している 〈写真提供:大分県立美術館〉
七島イ(しっとうい)を使って作られた椅子も館内に設置されている
―大分という地域を非常に大事にされているのですね。
はい。そもそも美術やアーティストは単独で存在するわけではなく、それを取り巻く環境や時代が生みだすもので すので、その意味で地域というものは最も重要と考えています。
当館の収蔵品も、有名度や美術史的価値を根拠に集めたものではなく、大分にゆかりのある作家のものにこだわっています。自分たちの先達がつくってきたものが誇れるものであるということや、有名な作品や作家だけが美術ではないということを、当館を通して大分の人に知っていただきたいと考えています。
地方創生などもうたわれている昨今ですが、まずはとりわけ子どもたちに自分の住む地域を知ってもらい、好きになってもらうことが地域にとって何より必要ではないかと思いますので、当館も大分の文化・風土を語ることがで きる人材育成の一助になれたらと願っています。
―開館から約5か月運営されてみて大変だった点や、見えてきた今後の課題などはありますか。
やはり新しい建物に慣れるまでは大変でした。とくに、オープンと同時に大型展となる「モダン百花繚乱『大分世界美術館』」を開催したときは私たち美術館の職員自身が建物に慣れておらず、展示室を実際に使うのは当然初めてという状態でしたので、搬入や施工の作業中に足りないものが見えてきたりする苦労がありましたね。
そして当館はガラス張りの建物ですから、外からでも館内にどれだけ人がいるのかよく見えます。つまり館内に人がいないと、外から見たときに「今はなにも開催されていないのかな」と思われてしまう恐れがあるのです。そうならないように、常に多くの人に来てもらえる企画を考え続けることが、今後の課題といえると思います。
また、開館初年度ということもあって今は多くの方に来ていただいていますが、今後はさらにリピーターになっていただけるような美術館になる必要があります。現在は利用者アンケートを積極的に取っているところです。当館は「県民とともにつくる美術館」になることも目指していますので、県民のみなさんの意見をいただきながら、フレキシブルに運営を変化させていきたいと思います。
―今後の展望について教えてください。
iichiko総合文化センターと共同でイベントを行うなどして、この一帯を芸術・文化の拠点としていきたいですね。そして「常に何か開催している」と思われるような存在になり、人々が街を歩く中でいつでも気軽に立ち寄ることができる、街のオアシスのような存在として機能してほしいと思っています。そのようにして当館に来ていただいた方々が憩ったり、企画展を鑑賞したりする中で、アートと触れ合いふるさとを知る「出会い」を演出していく美術館になりたいです。
―地域の美術だけでなく風土や自然まで大事にされているという貴館の施設や取り組みについて、非常に興味深く聞かせて頂きました。本日はありがとうございました。
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(取材日:2015年9月4日)
取材・執筆:原田 亜美 金剛株式会社 社長室
※取材当時