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新宿分館の筑波移転と自然史標本棟の建設

国立科学博物館

寄稿:倉持 利明さん(国立科学博物館 動物研究部海生無脊椎動物研究グループ グループ長)

 

 (独) 国立科学博物館(以下、科博)の新宿分館(東京都新宿区)は、平成24年4月、筑波地区(茨城県つくば市)に移転しました。その結果、5研究都市による研究機能と400万点を超える所蔵標本・資料が集結し、筑波研究施設として新たにスタートしました。それに伴い、自然史標本棟と総合研究棟が新築されました。 
  
これまでの科博から筑波研究施設へ 
 科博は上野(東京都台東区)に本館をおき、新宿分館、筑波地区、付属自然教育園(東京都目黒区)から構成されていました。そのうち新宿分館には、動物・地学・人類・理工学の4研究部があり、同時にその資料が所蔵されていましたが既に飽和状態にあり、資料の一部は、植物研究部と実験植物園がある筑波地区の資料庫に分散して所蔵されていました。 
  
 そこで私たちは、分散所蔵を打開して効率的な研究を行うこと、研究部の枠を超えた新しい横断的な研究を行うこと、さらに事務業務を集結して効率化を図ることなどを掲げて、筑波地区への移転を決断し電光石火の勢いでそれが実現しました。自然史標本棟と総合研究棟が竣工し、既存の資料庫2棟が改修されて理工学資料棟に生まれ変わると、いよいよ標本・資料と研究室の大移動が始まり、やがて平成24年4月、筑波研究施設が始動しました。 
  
 

広大な実験植物園の一角に新築された①自然史標本棟、②総合研究棟、③研究管理棟、④植物研究部棟、⑤資料庫の2棟は理工学資料棟へ改修
 

自然標本棟の概要 
 自然標本棟には、約200万点の動物標本、約24万点の地学標本、16万点余りの人類標本を収蔵し、植物・菌類標本約170万点の一部収蔵しなくてはならず、かつ今後約10年間に想定される標本増分を収蔵するよう設計されました。収蔵する標本の形状は多様で、動物の剥製や骨格、液浸標本、昆虫や貝類などの乾燥標本、岩石・鉱物・化石などの重量物、人骨、植物の押し葉標本などが含まれるため、床面積と天井高を最大限に活用して収蔵能力を高めるとともに、標本の形状・性状、管理条件にそれぞれ対応した構造が求められました。さらに一部公開型の収蔵室(収蔵展示室)を設けました。 
  
 中でも圧巻なのが液浸標本室です。液浸標本とは、標本をエタノールなどの液体の中で保存するもので、科博では古くから魚類、無脊椎動物、蜘蛛類、哺乳類、両生・爬虫類、鳥類など様々な動物の液浸標本を収集してきました。そのため、数が膨大なだけでなく容器の大きさや材質も様々な液浸標本が、新宿分館の複数の標本室に分散しており、研究者はこれらを一同に収蔵できる標本室を待ち望んでいました。それを実現したのがこの液浸標本室で、床面積約1,000平米のフロアー全体に、移動棚(間口900mm・奥行き500mm・高さ3,100mmのオープン棚を8連×70列、10連×70列)配置しました。移動棚の駆動方式には、科博の標本室では初めての電動式を採用しました。液浸標本の性状は様々で、非常に脆弱で衝撃を嫌うものも多く含まれることから、緻密にマイコン制御されたシステムを用い、スロースタート・スローストップが最適化される条件設定を行いました。 
  
 貝類の乾燥標本室(貝殻標本を収蔵)も見事な出来栄えです。科博のこの分野は、河村コレクション(河村良介氏(1898~1993年)収集)、櫻井コレクション(櫻井欽一博(1910~1993年)収集)という世界屈指の2大コレクションのほか、歴代研究者が採集した膨大な標本を所蔵しています。ところが新宿分館では、それらがコレクションごとに収蔵されており、分類群ごとにコレクションを再構成したいというのは研究者の長年の夢でした。それを実現すべく設計されたのが、天井高いっぱいにスチール製の引き出しを重ねた移動棚でした。地震等による引き出しの飛び出しを防ぐために、強力マグネットによる安全策も講じてあります。 
  
 昆虫標本室も、貝類乾燥標本室と並んで収蔵能力を著しく向上することができました。昆虫標本は、ドイツ箱とよばれる完全に規格化された標本箱に保管されているため、科博では従来からドイツ箱を集積して収納するキャビネットを採用してきました。このキャビネットを新調して移動棚に設置し、さらに新宿分館で使用していたものも動員することでこれまでの2倍近い収蔵能力を確保しました。 
 
 

液浸標本室
 

電動棚駆動試験の様子
 

高層化により収蔵能力を高めた貝類乾燥標本室
 

昆虫標本室
 
  
ナショナルコレクションとしての科博の標本・資料 
 科博の標本・資料収集のポリシーは、日本およびその周辺地域・海域の自然史標本と科学・技術史資料をはじめとした理工学資料を収集し、ナショナルコレクションの構築を目指すことにあります。科博のコレクションは量的に膨大なだけでなく、生物分類学の基礎となるタイプ標本、絶滅種や絶滅危惧種の標本、生きている絶滅危惧植物、さらに理工学資料では重要文化財を含んでいます。もちろん、珍奇なるものだけを収集するのではなく、ありふれた普通種の収集にも努めており、質・量ともに我が国の最高水準にあります。 
  
 しかし、収集、保存・管理、研究が一体となってはじめてその水準が維持されるものです。今回の筑波移転、とりわけ自然史標本棟の新築と、既存の標本庫を理工学資料棟へと改修したことにより、標本・資料の保存・管理の質が劇的に向上しました。最高水準にある標本・資料を収集、保存・管理を行い、それらに基づき広範な研究を展開すること、さらにそれらの研究成果に基づき展示や教育普及活動を行うことが、ナショナルコレクションを擁するナショナルミュージアムの債務です。科博は筑波研究施設を得ることにより、ようやく世界屈指の名門博物館の一つとして歩き始めました。

独立行政法人 国立科学博物館(上野本館)
所在地:東京都台東区上野公園7-20
開館時間:9:00~17:00
休館日:月曜日(祝日と重なれば火曜日)、年末年始(12月28日~1月1日)
URL: http://www.kahaku.go.jp/