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話し手:冨澤 治子さん(学芸班 主任学芸員)、蔵座 江美さん(学芸班 主任学芸員・司書)、杉谷 和泉さん(総務班)
聞き手:本田 光子さん(九州国立博物館 学芸部 特任研究員)、木本 拓郎(金剛株式会社 企画チームチームリーダー)
本田 熊本市現代美術館のエントランスすぐに設けられているホームギャラリー(美術図書室)はとても雰囲気が素敵ですね。美術館としての癒しの空間を感じ取れます。そのギャラリーの片隅にはトラップを見かけました。今回はIPMの取組みについて話を伺いますが、熊本市現代美術館では学芸員だけではなく、総務職員も含めた全館で取り組まれている点がポイントですね。
木本 それでは、はじめに熊本市現代美術館のIPM実践に至るきっかけについてお話を伺いたいと思います。
インタビュー風景
蔵座 熊本市現代美術館では2年前に薬剤燻蒸による大きな事故を起こしてしまい、所育者や寄託館をはじめ、多くの関係者の方々に多大なるご迷惑をお掛けしました。美術館では展覧会作品の貸し借りの度に、必要に応じた薬剤燻蒸の実施を行いますが、その薬剤燻蒸への固定観念と、他方で私たちの作品への保存管理や燻蒸薬剤に関する知識の欠如が起因しました。
冨澤 特に当館では複合ビルの為に燻蒸の経験がありませんでした。燻蒸業者と学芸員との協議が十分になされておらず、燻蒸業者への過信がありました。この事故を真摯に反省した上でより良い館作り、環境づくりに館全体の運営システムの変更に着手することになりました。ちょうど九州国立得物館(以下、九博)より文化財保存研修案内があり、研修に参加したことでIPMを知るきっかけになりました。
本田 この事故はどこでも起こりえたことを十分に認識しなければなりません。これまでの薬剤依存が臭化メチルの全廃以降、それに代わる文化財認定薬剤及び資料保存管理手法の周知が行き渡っていないこと、さらにもう少し踏み込んで言えば、資料の生物被害対策そのものが丸投げで外部委託されていることが反省すべき点でした。
木本 研修をきっかけにした館内での取組みについてお話を伺います。
冨澤 平成22年に3日間の九博研修を終え、当館が日常管理署を何もできていなかったことに気づきました。例えば九博では揚所によって温温度のバラツキがあることを把握されていますが、当館ではそのような環境の違いや変化は把握していませんでした。それは当館が新しい施設設備の為に過信し、環境づくりの必要性を誰も感じていなかったということでした。早速、館内の展示室や収蔵庫の数か所にトラップと温湿度記録計を配置し、自分で「むし・カビ記録ノート」を作成し記録を取り始めました。
蔵座 冨澤さんの九博研修報告が起点に、「むし・カビ記録ノート」の情報共有が進みました。それまで虫やカビ、環境づくりへの意識がなかったので、非常に刺激を受けました。特に「むし・カビ記録ノート」には袋詰めした実際の虫が添付してあり、場所と時間を記録されていますので、リアルな資料になります。(笑)職員全員に回覧し始めてしばらくしてから、事務局長が施設図面に虫の捕獲場所のマッピングをしてくれました。マッピングからどこに虫が多くいるのかが判別できて重宝しましたし、このマッピングから職員全員の意識の変化を感じました。
むし・カビ記録ノート
杉谷 研修報告を受けて、みんなでやろうとなったのですが、「みんな」とはどこまで共有していけばいいのか?という疑問もありましたし、「学芸のみんな」であって総務担当の私が作業をやるとは当初は思いませんでした。
本田 では総務の杉谷さんが九博の研修に行くことは大変だったのではないでしょうか。
杉谷 事故については誰か一人の責任ではなく、館全体としての意識と取組みが重要だと思いました。ですから研修に参加するのに、総務だから行かないとの選択肢はありませんでした。
蔵座 平成23年の九博研修報告会の中では、福岡市美術館の学芸と総務が一緒に、IPM活動を報告されていたのです。「総務でもやれることがある!」という言葉と実践が印象に残り、当館では杉谷さんがそのIPMを担えるパートナーとなったことに頼もしさを感じます。2年間の「むし・カビ記録ノート」「温度・湿度記録」を一人で継続してみて、夏と冬の環境変化や虫の活動する時期を知ることができ、当館の環携に関する個性を把握することができました。当館にとってのペース作りになったと思います。これからは杉谷さん、蔵座さん、私の3名でIPMをチームで行う環境ができました。
展示室や収蔵庫の各所へのトラップの配置、回収、記録ノートを取りながら、温湿度計で室内環境を記録しています。温湿度計は展示室にデジタル計、収蔵庫に毛髪記録計を使用しています。実は毛髪記録計及びデジタル計も開館当初から購入していたのですが休眠の状態でした。(笑)トラップに捕獲した虫も杉谷さんがデジ力メで撮影し、同定を行っています。最近害虫事典が欲しいと購入希望者を受けました。(笑)
私が担当しますホームギャラリーの本棚やカーテン下の換気、天井の間接照明部のホコリ取りなど、今までやっていなかった当たり前のこともするようになり、掃除しながら新たな気づきを感じています。
配置されたトラップ
温湿度計(毛髪式)
温湿度計(デジタル式)
本田 美術館の多くが行っているのは館内空調をベースとした、あるポイントの温度・湿度の設定値管理だけです。でも実態は展示室では来館者や康示ケース等の什器によって温湿度にバラツキが生じ、収蔵庫においては収蔵棚や収蔵品等によってバラツキが発生します。そもそも、部屋の高い所低い所でも異なります。IPMは複数個所で実際の温度・湿度の実測値を把握することで、発生原因を特定し対処できます。IPMでは機械任せにするのではなく、実際の現場を知らなければならないのです。
木本 最後に今後の活動の発展についてお話しをお伺いします。
蔵座 当館は開館してから10年余り、IPM活動についてはまだ始めたばかりです。IPM活動については正直、職員みんなにとって「後から出てきた業務」であることは否めません。「IPM業務」と言えるほど日常業務へ落とし込めるよう、気持ちを切り変えることが重要だと認識しました。九博での研修は、意識の変化を与えてくれる貴重な時間でした。資料保存に関する知識向だけではなく、IPMの理念を共感でき、特に研修に参加した他館の活動や状況を知るのも非常に勉強にもなるし、面白い!1年、2年と経験を積み重ねながら、全館員が「IPM業務」に携われるように発展させたいと思います。
190名のボランティアの方をはじめ、ミュージアムショップやレストランの運営会社、さらにピル管理会社も含めた外部との連携を拡げていきたいと思います。
杉谷 IPM研修や実践活動をしていると、IPMは来館者サービスでもあるのではないかと感じることもあります。個人の意識の変化と共に、館全体の運営・管理にも影響を与えてくれました。一般に学芸と総務は区分されますが、「IPM」を合言葉に共通の目標ができたことで、他の業務についてもお互い共有することができたし、各々の業務への理解も可能になったことが大きなポイントでしょう。各部門が独立しないように、さらに職員間連携の発展を期待していきたいと思います。
冨澤 よりよい館づくり、環境づくりへ着手したばかりです。当館のIPMチームは総務の杉谷さん、ライブラリアン(図書館司書)でもある蔵座さん、学芸の私のパックグランドが違う混成チームです。これまで学芸は作品を中心に、総務は人を中心に見ていた各専門の視点や館の運営管理の視点で手を合わせて進めていき、来館者サービスへつながるように発展していきたいと思います。館内では10年計画で、幹都も含めた全プロパー職員が九博研修を受講するプランも構想しています。また、今年の当館のボランティアの研修旅行では九博の環境ボランティアとの交流を計画しています。職員とボランティアの方々とともに、IPMを意識した美術館の環境づくりに取り組むことで、自分たちの自信に繋げていきたいと思います。
IPMチームの活動の様子
本田 「IPM」をキーワードにした総務と学芸の一体感は見事ですね。見習いたいものです!これまで文化財の扱いは学芸のプロの領域とされていましたが、文化財を総合的にまもることはイコール総務担当にとっても来館者サービスの一環であるという視点は興昧深いととろです。また館内外に広がるミュージアムにかかわる色々な立場の人たちの交流もこれから楽しみです。
木本 本日は貴重なお時聞をいただきまして、ありがとうございました。
文:木本 拓郎(金剛株式会社 企画チーム)
熊本市現代美術館
所在地:熊本市中央区上通町2-3
開館時間:10:00~20:00
休館日:火曜日(休日を除く)、年末年始
観覧料:常設展示室(無料)
企画展示室(展覧会により設定)
URL: http://www.camk.or.jp/