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寄稿:米村 祥央さん(東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センター)※所属・役職は取材当時のものです。
3.11の大震災では多くの尊い命が失われました。御冥福をお祈りするとともに、未だ様々な形で不自由を強いられている方々に一日でも早く現状が改善されることを心よりお祈り申し上げます。この度の震災では官民合わせた多くの復興活動が実施されています。我々文化財保存に関わる人間ができる事は何か。被害のあまりの甚大さに思考が停止しそうになったこともありましたが、4月になって実際の活動を開始することができるようになりました。本稿では、これまでに東北芸術工科大学が山形の文化遺産防災ネットワークと共に続けている文化遺産のレスキュー活動についで報告させていただきます。
東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター(以下、センター)では、かねてから文化財の防災に関する活動の準備をしてきました。その一つが山形県文化遺産防災ネットワーク(以下、山形ネット)の立ち上げに向けた活動で、同ネットワークは2008年に発足しました。当時その3年後にこのような大きな災害が発生するとは誰も想像していなかったはずです。文化遺産保存分野で防災の意識がいっそう高まったのは1995年の阪神淡路大震災が一つのきっかけです。その後、福井豪雨での洪水、2004年の新潟中越地震など、災害ごとに文化遺産レスキューの活動が進み、担当者同士の情報交換、学会での文化遺産防災を主題としたシンポジウムの開催など、問題意識も高まりつつあるところだったと思われます。
今回の震災の特徴は津波による罹災と、放射能汚染であるといえます。文化遺産に限れば、放射能に汚染されたものに関しては、現段階で手を付けることができず、被災の状態も全く明らかになっていません。まずは、「救えるものから救う」考え方で文化遺産レスキューが実施されています。
発生から受け入れの準備まで
震災直後、相当量の文化遺産が被災していることを想定し、センタースタッフ間で活動が共有できるよう検討しました。そして文化庁や学会等に向けて、当センターが被災文化遺産を受け入れる準備があること、専門家の存在、大型真空凍結乾燥機等を駆使した作業が可能である旨を明記した声明文を作成し通達しました。また、山形県内の近隣にある企業に冷凍施設の一角を使用させていただけるよう協力体制を構築しました。
被災資料の受け入れ
山形ネットとの共同作業により、4月25日に宮城県立農業高校から被災図書資料約1000点を搬入しました同高校は、宮城県内で最も歴史のある学校の一つであるため、江戸時代や明治時代の書籍も多数被災していました。その後、陸前高田市の自然史系博物館から約4000点の図書資料や研究資料を搬入しています。また、5月には文化庁の要請により、美術作品の現地応急処置のため専門のスタッフを派遣し、その後作品を受け入れています。
図書資料を中心とした応急処置作業の実際
今回実施している、図書資料の応急処置作業の工程は大きく分けて、乾燥、クリーニングです。まず、搬入した際に、状態により資料を仕分けました(写真1)。すでに乾燥が進んでいる資料については、直ちに扇風機で送風を続け、乾燥させました。
一方、搬入時点でも多くの水分を含み、乾燥作業中にカビの発生や腐敗が進行する恐れのある資料については、冷凍保存をしました。これらの資料は順番に真空凍結乾燥処理を実施しています。真空凍結乾燥法は低温で、圧力を下げると氷から水蒸気へと昇華する水の物性を利用する方法で、液体の状態を経ないためカビの進行や腐敗を妨げて乾燥させることが可能です。試料によって差はありますが1cm程度の厚みの和書であれば、3~4日で乾燥処理が終了しています(写真2)。
乾燥が終了した資料はクリーニングを実施しています。今回の応急処置の範囲でできる作業は物理的なドライクリーニングで、刷毛、筆、竹べら等を使用して一冊ずつ付着した泥を除去しています。また、付着したページ同士をはがして展開できるようにする(空気に触れさせる目的もあります)作業も同時に実施しています。このクリーニング作業が最も時間を要し、現在は学生、山形ネットの方々が週に2回、夕方から集まって実施しています。また、クリーニング作業は本学だけでなく山形大学、米沢短期大学、東北公益文化大学といった山形県内の大学に協力していただいています(写真3)。
写真1:搬入後の仕分け作業
写真2:資料を真空凍結乾燥機へ
写真3:クリーニング作業
問題点と今後について
ある種類の紙を表紙として使用されている本の表紙同士が完全に固着してしまい、分けることができない現象が生じています。このような場合は、無理に剥がそうとせず、そのままの状態で作業を終了させています。また、明治から昭和初期の古い地方新聞の資料については、元来保存に適していない新聞用紙であり、さらに酸性紙が使用されている可能性も高いため、上記と同様の方法で作業が可能であるかはわかりません。現在、実験をしながら、方法を検討しています。
お預かりしている資料の数が膨大であるため、この作業自体、数年かかることが予測されます。息の長い活動を可能にするため、無理せず、確実に進めることが重要です。被災地によっては、未だに文化遺産の被災状況を把握できない場所もありますし、現地の簡易倉庫での一時保管しかできていない資料も膨大にあり、更なる受け入れも検討しておかなければなりません。資料を返却できる状態になるまでに被災地が復興するには数年を要するでしょう。その間、コンタクトをつづけつつ、専門を生かした復興活動として、被災地のために微力ながら今後も作業を進めていきたいと考えております。
最後に、甚大な被害を受けた震災ではありましたが、整備された収蔵庫内の被害は少なく、耐震の工夫がされた美術作品も無事であったものが多かったと報告されています。低予算で可能な対策事例も紹介されるようになっています。またいつ、どこで大きな災害が起こるかわかりませんので、少しずつでも文化遺産防災の対策を施していくことが重要であると考えられます。
東北芸術工科大学
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