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世界の薬草を感じるミュージアム

熊本大学 薬草ミュージアム

自然を活用した国際貢献を考える
熊本大学 薬草ミュージアム

ガラス容器に保管された薬草
話し手の甲斐学部長

話し手:甲斐 広文さん 熊本大学 薬学部 学部長 ※所属・役職は取材当時のものです。
 
 
 熊本県熊本市に薬草に囲まれたキャンパス、熊本大学(以下:熊大)薬学部があります。熊大薬学部は、1927年から構内全体を「熊薬薬草園」と名付け、1,000種余りの植物を育種し、各ゾーンで植物を変えながら、保存・管理をしてきました。2015年には薬草パーク構想を計画し、卒業生や一般の皆様にも構内を散策して楽しんでもらうことを目指しています。また現在、スーダンのハルツーム大学と学部間交流協定を結ぶなど、日本だけに留まらず世界各国の薬草について調査・研究を行っています。このような活動を行う中で、2019年に薬草パークの一角に「薬草ミュージアム」がつくられました。
 薬草ミュージアムがつくられた背景とそこに込められた思いを探るため、薬草パークを計画し、世界中を飛び回り薬草を研究している薬学部の甲斐学部長にお話しを伺いました。

ー薬草ミュージアム設立の背景として、まず熊大薬学部の活動について教えてください。

 現在私たちはアフリカ大陸の国々を中心に、薬草について情報収集や、支援を行っています。
 スーダンのハルツーム大学薬学部とは2016年に学部間交流協定を結び、現在も継続的に交流・支援活動を行っています。支援内容としては、スーダンでは薬草で治療を行うのが主流ですので、共同で現地の植物を探索し、それに含まれる成分や有効性を分析しています。さらにその中で良いものを保護・栽培し、調査で分かった薬草の効果などを現地の文章が読めない人々にも分かるように、マンガや紙芝居を使って教えるための仕組みを作ろうとしています。現地の人々と共同で行うことで、スーダンの人材を育成でき、最終的にはその国の医療が成り立っていきます。これらの活動は私たちの一方的な支援ではありません。現地の薬草を調査するときには、私たちが彼らを指導し、彼らは薬草に関する情報を私たちに提供するというように、持ちつ持たれつの関係性で活動しています。
 昨年8月に横浜市のパシフィコ横浜で行われた安倍首相主催のアフリカ開発会議(TICAD)※1に、熊大薬学部もブースを出展しました。ハルツーム大学との活動と、日本で唯一開催している熊本県ユニセフ協会主催の「アフリカ子どもの日」※2の活動を筆頭に、アフリカとの交流が深い「アフリカに強い熊本」をアピールしました。現在、外務省からアフリカ諸国との連携の打診を受けていますし、昨年の10月に、アフリカ開発会議ポストフォーラム イン熊本を熊大薬学部キャンパス内で開催し、その議論の内容を「クマモト提言2019」として国内外に発信しました。その中で、アフリカの国々で求められている各国独自の薬局方作成※3の支援活動を行うことも明記しています。
 
※1 アフリカ開発会議(TICAD)とは、アフリカの開発をテーマとする国際会議。1993年以降、日本政府が主導し、国連、国連開発計画(UNDP)、アフリカ連合委員会(AUC)及び世界銀行と共同で開催している
 
※2 1976年6月16日に南アフリカ共和国ソウェトで教育の質の向上と、自分たちの母国語で教育を受ける権利を主張する抗議活動で、デモに参加した多くの子どもや若者が軍隊から無差別に殺害された。この悲劇を忘れないために、日本では熊本県ユニセフ協会が1993年から毎年「アフリカ子どもの日」に際してイベントを開催している
 
※3 薬局方とは医薬品の品質・強度・純度をなどについて定めた基準で、日本には日本薬局方が存在する
 
 

壁にかけられたポスター

熊本大学薬学部が掲げる、子どもたちの未来のための支援活動イメージが書かれたポスター

薬草が今でも一般的に治療で使用されているとは知りませんでした。
 

 日本では西洋薬※4を使用して治療をするのが一般的ですが、実は西洋薬による医療を受けているのは世界の人口の2割程度です。残りの8割の人々にとって西洋薬は、高価であったり、流通が不十分であったりするために、今でも天然物由来の薬草に依存した医療を行っています。その上、アフリカで使用している薬草の多くは、あくまで「その地域で薬として扱われている植物」であり、それが本当に西洋薬のような薬としての成分・有効性があるかどうかは研究してみないとわからないというのが現状です。加えて、アフリカなどの多くの国々で使っている植物が、本当にその植物なのか同定できる人がいない上に、植物が重金属で汚染されていたり、農薬が含まれていたりする危険性もあり、品質も担保されていない問題があります。
 アフリカと私たちの交流によって現地の薬草の研究が進めば、その植物が本当に医療に使えるものだと分かりますし、正しい管理方法や、植物の同定方法も見つけて教えることができます。またハルツーム大学の学生が留学生として日本で自国の薬草を研究すれば、帰国してその内容を現地の人々に教えることができます。これらによる人材育成は、現地人が現地人を育成する継続的な仕組みづくりにもつながります。そして最終的には、国の医療体制を確固たるものとして維持できるのです。
 私は国際貢献という観点から、薬草に関わることは重要な意味があると考えています。だからこそ世界各国にはいろいろな薬草があるということを、学生に知ってほしいと思います。



※4 西洋薬(新薬)は科学的・人工的に化学合成されたものが多い

熊大薬学部はキャンパス全体が薬草園になっていて、薬草をより身近に感じられる環境が整えられていますね。 


 薬草園は1927年からあるものですが、私が学部長に就任した2015年に、薬草パーク構想というのを前面に打ち出しました。薬草パーク構想とは、薬草園を含む薬学部構内を薬草パークとし、卒業生、一般の皆様にも散策して楽しんでもらおうというものです。この構想のため、散策路を設け、緑の増育を行い、珍しい薬草の育種・整備を行っています。薬草は西洋薬が普及していない世界では標準の医療です。薬草パークは市民のためでもありますが、一方で世界に対する貢献にもなると考えます。
 薬草ミュージアムは、この構想のうちの一つとしてつくりました。
 

薬草園の俯瞰写真

薬用植物園の一部。大学のスタッフが継続して栽培している

ミュージアムにはどのようなものが展示されていますか?

 世界中の薬草をできるだけ現物のまま展示しています。その他、薬草が描かれたチベットの曼荼羅(まんだら)、正倉院に保管されている「種々薬帳」※のレプリカなども展示しています。
 「薬草」というと、日本では漢方薬に限って考えられがちですが、先ほどから話している通り、世界各国には治療に使用されている植物がたくさんあります。ですので、漢方薬だけではなく、世界各国の植物を展示しました。もちろんその中にはまだ薬草として研究が進んでいないものも含まれていますが、いずれも治療で使用されている植物です。薬学部のスタッフが現地の市場で購入したり、現地の研究者と連携して採取し集めました。
 
※5 種々薬帳とは、平安時代に光明皇后が東大寺に薬物と一緒に献納したもので、薬の種類と量が記載されている。正倉院に納められている
 

ミュージアムの内館

ミュージアムの内観

曼荼羅

チベットに伝わる曼荼羅には大根のような植物も描かれている

ガラスケースに展示された種々薬帳のレプリカ

種々薬帳のレプリカ

ミュージアムの中で特に見てほしい・気付いてほしいことはありますか?

 展示しているもの中には、根っこや葉っぱだけではなく、木の断片も入っています。今の若い人たちは漢方や薬草といった煎じたものを飲む機会が少ないですし、ましてやその現物を見ることもほとんどありません。粉や液になる前のものを見て、植物のいろいろな部分が使われているということに気づいてほしいなと思います。
 それから、自然界の素晴らしさや、人間が自然物によって生かされているということを感じてほしいです。薬草ミュージアムに展示されているものも全て自然物で、それによって人は長い間生かされてきています。病院で使われている薬の半分は、ヒントを自然界からもらっています。決して、病院や医者だけに生かされているわけではありません。常に自然がトップであるという意識を持ってほしいです。「薬は病院でもらうものだけではない」と気付くことができたら、非常事態で薬がなくなってしまっても、代わりに山へ行って薬草を採取するということもできます。薬学を学んでいく上で、「自然の強みとは何か」や「自然を活用することによって私たちは何ができるのか」を考えてほしいです。
 
 

ガラス瓶に入った植物

スーダンの治療で使われている植物

細く砕かれ展示されているた植物

現物が細かく砕かれたもの

最後に今後の展望を教えてください。

 薬は、人を幸福にするための一つのツールであると思います。
 人を幸福にするのには、いろいろな方法があります。例えばアフリカでは裸足の生活が原因でスナノミ症という感染症がはやっていて、自宅で履かなくなった靴を日本から現地に送るという活動があります。感染症を治す薬の開発ももちろん必要ですが、靴を履いてもらうことで感染を根本的に防止できます。また、現在アフリカの都市部で多くなっている肥満や糖尿病といった生活習慣病も、薬で治療するのではなく普段の生活の意識を変えるという考えを現地の人々へ教えるだけで、病気にかかるリスクを低下できます。
 このように、薬以外のものでも世界の人々の健康に貢献できます。薬学部では薬だけではなく「公衆衛生」も勉強する範囲です。薬に限らず、自然と向き合いながら、世界全体で、苦しんでいる人たちをハッピーにしていきたいです。
 
 
(取材日:2020年2月10日)
取材・文:三木すずか 金剛株式会社 社長室

※取材当時 

熊本大学 薬草ミュージアム
所在地:熊本市中央区大江本町5番1号
TEL:096-371-4781
URL:http://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/Labs/eco-frontier/