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「創る人・使う人・統べる人」それぞれの想いが織り成す資生堂の文化

資生堂企業資料館

話し手の写真

話し手: 大木 敏行さん(左)株式会社資生堂 社会価値創造本部 アート&ヘリテージ室 ミュージアムオペレーションG 資生堂企業資料館 資生堂アートハウス 館長 社会福祉法人ねむの木福祉会 理事 公益財団法人掛川市生涯学習振興公社 理事、小泉 智佐子さん(右)株式会社資生堂 社会価値創造本部 アート&ヘリテージ室 ヘリテージマネジメントG 資生堂企業資料館 学芸員(アーカイブ担当)  ※所属・役職は取材当時のものです。

 
 

 静岡県掛川市のJR掛川駅から車で5分ほどのところに、株式会社資生堂の資料館がある。名前は「資生堂企業資料館」。資生堂創業120周年の記念事業の一環として、1992年に設立された。館内では、同社の商品や宣伝制作物をはじめとしたさまざまな資料が収集・保存され、その収蔵品の一部が公開展示されている。
 資生堂は同館以外にも複数の文化施設を保有している。1919年に東京・銀座に陳列場からスタートした資生堂ギャラリー、1978年に静岡・掛川に資生堂アートハウス、2019年には横浜にS/PARK Museumが開館した。多数の文化施設を持つ中で、資生堂企業資料館が設立された目的とは何か?その答えを探るべく、資生堂企業資料館の館長である大木さんと学芸員の小泉さんにお話を伺った。

外観

ヒト・モノ・カネ、そして「文化」

 企業資料館創設の議論は1980年代に始まった。企業規模の拡大により、企業資料の散逸や収集不足が危惧され始めたのがこの頃だった。そこで計画されたのが、「貴重な歴史的活動の記録や資料の散逸を防止すると共に、社内の資料整備環境を整えるために、資料館を本部とする資料収集、保管体制を確立する」という基本構想だ。この構想を具現化するものの一つとして、1990年2月に企業文化部※1が誕生した。この企業文化部こそが、同館で働くスタッフの所属部署となった。
 当時の社長 福原義春氏※2は企業文化部の創設について、以下のように述べている。※3
 「これまでの常識として資本というものは、ヒト、モノ、カネの三要素として考えられて来たが、資生堂の歴史においては文化が資本の一つのように機能している。文化が経営に役立つとともに、経営が発展することによって新たな文化を蓄積する結果となっている。それならば、ヒトを管理する人事部が(略)あるように、企業内部の文化の確認、活用、蓄積そして未来の文化発展の方向を管理するような部門があって然るべきではないか」
 このように、資生堂は文化を「第四の経営資源」と捉えて大切にしている。資生堂企業資料館は「企業文化の確認、活用、蓄積、文化の発展の方向管理」の4つの機能を具体的に進行し、「第四の経営資源」を管理する組織として位置づけられているのだ。

※1 2019年1月より「社会価値創造本部 アート&ヘリテージ室」に改組
※2 現・名誉会長
※3 福原義春(2007)『ぼくの複線人生』岩波書店

ショーケースを指す大木さん

歴代の商品が丁寧にショーケースに展示されている

資生堂企業資料館のグーグルストリートビュー

https://www.shiseidogroup.jp/corporatemuseum/ panorama/
Google Street View(360度パノラマ)にて館 内の様子を見ることができる


伝えるのは売り物?

 企業文化を伝えるうえで、資生堂らしさが感じられる展示物とはどのようなものだろうか。お二人にお聞きした。
 大木さんが選んだのは、戦後最初の多色刷りのポスターだ。モデルの原節子さんが、前方を見上げてほほ笑んでいる。その明るい表情とは裏腹に、当時の資生堂は非常に苦しい経営状態だったという。「当時は売る物が無く、ポスターには商品が掲載されていません。そのような状態でも、世の中を明るくしたい、人々に希望を持ってほしいという資生堂の強い想いが込められたポスターです。人々にエールを送り続けた資生堂の使命感や決断した先人たちの矜持に思いを馳せると、大変感慨深いです」と大木さんは語る。
 小泉さんは「BEAUTY CAKE※4」のポスターを選んだ。小麦色に日焼けした前田美波里さんがモデルだ。ポスターを制作したデザイナーの石岡瑛子さんは「女性は白肌が美しい」という日本の固定観念から脱却すべく、焼けた肌の女性像を提案したという。「彼女には、等身大の女性を表現したい、という痛烈な想いがありました。開放的で健康的な女性像というものが広く人々に提示された、革新的なポスターです」と小泉さんは語る。
 館内の展示は、商品の変遷や企業史を伝えるだけではない。ポスターなどの宣伝制作物を通し、女性の文化史、化粧の文化史を並立で伝えている。化粧品会社として、社会そして女性の生活に根差した文化を育んできた同社だからこそできる展示だ。

※4 1966年に発売された資生堂の夏用化粧品

壁に並んだポスター

BEAUTY CAKEのポスター(写真中央)
公開と共に多くの人々を感心させた
 

カーネーションと女性が写ったポスター

原節子さんがモデルのポスター
写真に登場しているカーネーションも当時は貴重だった

企業文化がオリジナルのアーカイブを生む

 企業資料館の3階と4階には資料を保存するための収蔵庫が存在する。資料はどのように保存されているのだろうか。
 「現在では化粧品の中身もできるだけ残す方針となっています」と語るのは小泉さん。化粧品は「生もの」であるが故に保存が非常に難しい。加えて、生活用品の保存科学は博物館学でも進んでいない分野だという。そこで、同館では長年にわたり、独自の手法による保存活動を試行錯誤しながら行っている。商品の全ては、五感に訴えるよう計算され、開発されたもの。色や香りを含めて残すのが、化粧品会社としてのこだわりだ。
 資料の収集についてはどうだろうか。
 資生堂では現在150年史の編纂作業が始まっている。この作業を通し、同館には続々と資料が集まってきているという。作業方法としては、各部署から一人ずつ編纂サポーターを選任し、企業資料館が中心となってサポーターから資料を受け取るというものだ。資料を受け取るまでの流れは、事前にリスト提出、内容を確認後、さらに詳細なメタ情報※5を添えて受け取る仕組みになっているが、その際に重要なのが、サポーターとの「コミュニケーション」だと大木さんは話す。「収集ガイドラインを基本に資料が集まります。しかし、集まった資料の中にはメタ情報が不足していたり、時にはガイドラインにない資料も集まります。集まった資料は現場で働いている社員ならではの価値観を備え持つものです。メタ情報がないから、ガイドラインに掲載していないからといって受け取りを拒否するのではなく、お互いに話し合い、納得することにより、資生堂独自のアーカイブができあがります」話し合いを繰り返す方法は手間がかかる。だが、そのプロセスを大事にしているのも資生堂の特色の一つだ。
 さまざまな場面で社員同士が協力し、企業資料を守っている。社員一丸となって企業のDNAを受け継いでいこうとする、資生堂の気風を感じることができた。

※5 データの意味について記述したデータ。
松村明編(2006)『大辞林 第三版』三省堂

収蔵庫の中にある移動棚

収蔵庫の中には中身の入った商品も保管されている
五感に訴える色や香りを含めて残すのが資生堂の取り組みのひとつだ

収蔵されている商品

人々の想いと寄り添いながら

 資生堂企業資料館の資料は、人々の想いを帯びている。その幾多の想いに寄り添っているお二人は、企業資料館での活動を通して何を感じるだろうか。
 小泉さんは、資生堂の「商品以上の価値」を感じてきた。企業資料館で出会う人々との会話の中で、国内外に関係なく各々が商品に対する記憶を持っていたという。実際に使用していた体験や、母親が使用していた香りや情景の思い出。このような人々の話を聞く度に「私たちが扱っているのは単なるモノではないのだな」と改めて感じるという。生活に身近である故に、人の感覚や想いに寄り添った商品がここにはたくさん存在する。「だからこそ、アーカイブ資料をただのモノとして見せるだけではいけないのです」と小泉さんは強調した。
 大木さんは初代社長 福原信三氏の「ものごとはリッチでなければならない」という言葉を胸に、企業資料館の「本物の力」について語ってくれた。大木さんは「リッチ=本物」と捉え、資生堂が作った「本物」をきちんと伝え届けることにこだわってきた。本やビデオ、インターネットがあれば、どこにいても資生堂について知ることができる時代だ。だが、実際に企業資料館へ訪れて、目で見て、話を聞いて、初めて発見することもある。大木さんは同館について、「資生堂の企業文化のヘッドクォーターとして統括する存在で在り続けたい」と話す。「だからこそ、問い合わせに対して中途半端な回答はしたくありません。先人たちが築いてきたヘリテージ※6を間違いとして伝えたくないのです。どんな質問にも誠心誠意調べて、的確な情報を届けたい。それが私のこだわりです」そう語る大木さんの言葉は力強かった。
 歴代の経営者の言葉、開発者やデザイナーなど業務に携わった社員たちの想い、生活の中の化粧品の思い出。資料は数えきれないほどの記憶をまとっている。そして同じように、企業資料館で企業文化を司るスタッフもまた、さまざまな心情を抱いているのだ。

※6 受け継いだもの。また、代々継承していくべきもの。遺産。
松村明編(2006)『大辞林 第三版』三省堂

フロア内観

1階フロアの展示
資生堂のあゆみを時代に沿って展示している

資生堂の歴代の広告チラシ

広告は時代と共にイラストから写真へと変遷していった

二人の女性が写った表紙

1937年に創刊した資生堂の企業文化誌「花椿」
資生堂の多くの商品や宣伝制作物は一歩先を行く新しい女性像を提案してきた


グローバルな資料館を目指して

 「本物の力」を伝え届けることに尽力している企業資料館だが、実際に足を運ぶことが難しい人もいる。資生堂の商品を使用するお客さまも、働く社員も、もはや国内の域には留まらない。そこで現在はデジタルアーカイブの充実に注力しているという。同館では2016年に歴史コンテンツサイト「SHISEIDO HISTORY」を社内に開設した。簡単な会社の歴史や、過去のポスター・商品の写真の閲覧などが可能となっている。社内にデジタルアーカイブを構築することで、全世界の社員が企業文化に触れられるのだ。今後もより多くのコンテンツを増やしていく予定だという。
 2019年4月、資生堂は新たな企業理念を打ち出した。それは「BEAUTYINNOVATIONS FOR A BETTERWORLD」。ビューティイノベーションでよりよい世界を、という意味になる。美を通じて世界をよりよくすることが資生堂の存在意義だ。アーカイブをグローバル化することで社員の企業アイデンティティが今まで以上に確立され、それによって「BEAUTYINNOVATIONS FOR A BETTERWORLD」を実現できるのではないだろうか。
 今回の取材でお聞きした想いの数々を通して、この理念や存在意義の一端を感じることができた。資生堂企業資料館は、お客さまや社員の想いを織り交ぜながら、これからの時代も企業文化を統括していくだろう。

(取材日:2019年6月19日)
取材・文:三木 すずか 金剛株式会社 ガバナンス局 社長室 
※取材当時 

資生堂企業資料館
所在地:静岡県掛川市下俣751-1
開館日:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日~木曜日(祝日の場合も休館)
    夏季(8月中旬)、年末年始(12月末~1月初旬)
    展示替えのための臨時休館
   (詳しくはお問い合わせ下さい)
URL:https://www.shiseidogroup.jp/corporate-museum/
 

資生堂企業資料館敷地内にある看板