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企業による文化発信

学識者インタビュー

話し手

話し手:高柳 直弥さん 大正大学 地域創生学部 地域創生学科 専任講師  ※所属・役職は取材当時のものです。
 
 
 日本は長い歴史を持つ企業が多いこともあり、実は企業博物館が多い国です。企業が文化施設を設立し始めたのは、高度経済成長期を迎えて自社の企業活動に「誇り」を持つようになったことが背景にあります。
 国内外の企業博物館を研究されている大正大学の高柳直弥先生は、今後も企業博物館は時流に乗って変遷の一途をたどるだろうと予想します。在では企業活動の軌跡は、日本社会の歴史における文化的なコンテンツだと社会に認められていますが、企業博物館は自社の文化を伝える以外に、社会にどのような貢献をしているのでしょうか。
 
» はじめに、企業博物館の定義について教えてください。
 
 これまでの企業博物館の定義には、まず、国公立の博物館と区別するための要件として「企業が設立し、内容が企業の生業に関連すること」が必ず含まれてきました。さらに、企業の他の文化施設と区別する要素を加えるのであれば「博物館の機能」、すなわち展示資料の収集・研究・保存といった役割を通じて、設立する企業あるいは社会に対して何らかの価値を創造する企業施設であることも企業博物館の定義に含まれるべきだと考えています。
 これまでは展示・収集する内容は、企業の生業に関するモノや資料を対象としていることが多かったと思います。「これまで」というのは、日本は博物館の資料として扱いやすい家電メーカーや自動車メーカーのような製造業が強かったからです。今後は製造業だけではなく、サービス業も歴史を積み重ねてきてミュージアムをつくるようになると、モノを資料として扱うという要素は必須の条件ではなくなる可能性もあります。銀行や信用金庫など、金融業の企業が博物館をもつ事例はすでにありますが、ホテル業や小売業のような業界の企業博物館が登場し始めたら、資料は「モノ」とは限りません。何をどのように資料とするかということは、これから技術がより発達すると未知数になると思います。
 
» 企業が企業博物館などの施設をつくって自社の企業文化を発信し始めたきっかけは何でしょうか?
 
 研究の中で指摘されていることを挙げると、企業が高度経済成長を果たし、国際的にも日本企業が自信を持つようになってきたことが背景にあります。そして、ちょうどその時期と企業の周年記念事業の時期が重なり「自分たちがやってきたことは人々に誇れるのだ」と、プライドを持ち始めて企業博物館のような文化施設をつくるようになっていったのだと思います。
 日本では1980年代に企業博物館が多く設立され始めたのですが、その時代に企業が「博物館」と名乗った施設をつくると「それは博物館じゃない。宣伝の道具だ」という議論があったことが文献から分かっています。ウイスキーをつくる企業の博物館を例にすると、ウイスキー文化について扱っているなら企業博物館でいいけれども、その企業の歴史だとか、商品や技術の良さを伝えるだけなら博物館と名乗るべきではないといった主張です。
 しかし、2000年代になると企業博物館の扱いが変わってきました。それまでは自社の広告や事業、商品などの歴史を伝えている企業施設は宣伝の道具と言われていましたが、その企業の歴史そのものが文化的・歴史的なコンテンツだと認められるようになってきました。結果として、最近では企業博物館は宣伝の道具なのか、あるいは業界文化の施設なのかというような議論を見ることは少なくなってきました。企業の歴史やそれらを語る上での資料となる商品や広告物が日本社会の歴史や文化を伝えるものだと社会全体で受け入れる土壌ができているので、企業が企業博物館をつくりやすくなったと言えます。
 
 

案内図

HAKKOパークの案内図
来場者がパーク内の施設すべてを楽しめる「複合施設型」の企業博物館だ
 

TOTOの展示

TOTOミュージアムに展示されている3種類の大きさの便器
普段なかなか目にすることのない力士用便器にも実際に座ることができる
 
 
» 企業の文化発信の流れの変化は面白いですね。今ではさまざまな企業が独自のやり方で企業文化を発信していますが、80年代と比べると企業による文化の発信はどのように変化していますか?
 
 一方的に発信するのではなく、発信の受け手に想定されてきた人たちに能動的に「参加してもらう」ように変化したと感じます。単に展示物を並べて、それについての解説を来場者に聞いてもらうような場面だけではなくなっています。HAKKOパークも良い例ですが、受け身の参加者を想定していません。博物館に行って、自分たちが楽しむことができるような「参加型」が増えている印象を受けます。
 
» そのような企業博物館を訪れるお子さん連れも多いですよね。
 
 そうですね。最近では、敷地内に企業博物館と呼べる施設が入っているけれども、敷地内全部を楽しめるような「複合施設型」の事例が出てきているのも一つの特徴です。その中で想定する利用者層を子ども連れに設定して、子どもたちが「楽しむ・遊ぶ」要素を増やした企業博物館も多いです。企業博物館では内容を理解する上で専門的な知識が必要となることもありますが、最近は技術の仕組みを実際に体感して理解する仕組みなど、わかりやすく伝える工夫をしているところも多いです。
 総合楽器メーカーのヤマハが浜松市につくったINNOVATIONROADという博物館があります。ピアノやトランペットなど、ヤマハの企業博物館としてさまざまな楽器が展示されていますが、特に面白いと思ったのは来場者がいくつかの楽器の演奏体験をできる点です。お客さんがピアノを弾くと、博物館自体が音楽のある空間に変わるのです。そのような企業博物館は初めてでした。楽器を商品として扱っているヤマハだからこそできる企業博物館だと思います。
 
» 今までのお話の中で登場した企業博物館はBtoC企業によるものですね。では、BtoB企業が企業博物館を運営することで期待できる効果は何でしょうか?
 
 BtoB企業の場合、博物館があることによって、企業の名前や存在を認知してもらえるということが大きなメリットと言われています。当然、人々がその企業を認知したら、次は「どのような企業なのか?」という興味が湧きます。BtoBの企業は一般消費財※1を扱っていないので、何をやっている企業なのかが市民に伝わりにくいと言えます。そこに、企業博物館を通して企業の方針や工場の実相を見せることで、その企業がどんな企業なのか、私たちの日常生活とどのように関わる事業を展開してきたのかなど、企業への理解度を高めていくことに貢献していると言えます。
 地方のBtoB企業は大企業の下請けをやっている中小企業が多いのですが、どうにかしてそこに就職する人を増やしていかなければならないと言われています。若い人が企業名と事業内容を知って、就職先として候補に挙がりやすくするような役割も、そういった企業の博物館では期待されると思います。
 
※1 経済学用語の一つで、生産される財の中でも消費を目的として家庭に需要とされるような財やサービスのこと
 
» 地方のお話がありましたが、「まちづくり」や「市民参画」の観点で企業博物館はどのような役割を果たしますか?
 
 企業博物館もそれ以外の企業施設も「観光地」という形で、人がたくさん集まれるスポットになります。そういったものがある地域というのは、特定の企業との深いつながりがある種の地域資源として存在していると言えます。「企業城下町」という言葉に表現されているように、従来、そういった地域では城主としての企業と町民としての地域の人々や他の企業、団体などという関係が多くみられたと思います。しかし、最近では城主ではなく、地域の一市民として企業を捉える見方が研究や実践の双方で見られるようになってきています。企業が自社製品などをベースに博物館をつくって地域に提供するというように、城主だった時代の名残のような部分もありますが、これからは一市民である企業が地域の人々と共同で自社の博物館の資料を使って、新しい地域資源を創造していくという事例も出てくるのではないかと思います。
 そして、不思議なことに企業博物館をつくっていると、スタッフがそのまちにだんだん溶け込んでいくのです。地域のイベントやお祭りごとは誰かが主催しているわけですが、企業博物館のスタッフになったことでイベントの主催側に組み込まれると、スタッフがその地域の一員に変化します。企業博物館は偶然配属になっただけの人たちを、地域の中に一体化させていく機能も担っています。
 企業博物館のように、企業の事業内容や歴史、社会に果たしてきた貢献などを伝える施設がある地域には「うちの地域にはこの企業がある!」といった、企業ベースのシビックプライド※2がつくられると言えます。一方で、地場企業が世界でも有数の技術力を有していたり、業界内で最大手と言われていたとしても、それらを伝える活動がなければまちの人になかなか伝わっていかないと思います。企業博物館とまではいかなくても、工場見学などで人々に知ってもらえると、企業ベースのシビックプライドが形成されるのではないでしょうか。
 
※2 都市に対する市民の誇りを指す言葉。単に地域に対する愛着を示すだけではなく、「シビック」には権利と義務を持って活動する主体としての市民性という意味がある
 

モーター作り体験のイベント

安川電機みらい館にて開催されたモノづくり教室の様子
この子どもたちの中から、未来のエンジニアが生まれるかもしれない
 

マルシェイベント

HAKKOパークでのイベントの風景
地元の方が出店したお店が並び、スタッフもお客様との交流を通じて地域との関係性が深まっている
 
»「 企業」という枠組みを越えて従業員と市民は素敵な関係を築いているのですね。企業博物館の方にお話を伺うと、その方の企業に対する愛社精神や想いがよく伝わってきます。
 
 企業に対する誇りや愛社精神は、誰かと一緒に企業博物館を訪れることによって形成されるようになると思います。営業担当者が取引先に自社の企業博物館を案内したときに、取引先が思いの外に喜んだり感心したりするのを見て、自分の企業のすごさを実感し、プライドを持つようになるケ-スが多いのです。また、平日しか開館しない企業博物館が、従業員の家族限定のイベントで特別に土日に開館することが多々あります。そのイベントは効果があるようで、わが子から「お父さんってすごいんだね!」と言われるのが社員にとってとても嬉しいことなのだそうです。自分の仕事は「すごいこと」なのだと家族に理解してもらえると、仕事に対する誇りが形成されて、勤めている会社は立派なのだと思うようになります。だから、企業博物館があることに加えて、そこに誰かと一緒に訪れるということも大事なのだと思います。
 
» 最後に、今後の企業博物館の展望と、企業による文化発信はどのように発展していくかお考えをお聞かせください。
 
 「体験型・遊び型」の企業博物館が増えてきていますが、この先もそれがもっと進んでくると思います。技術の発達もあり、来場者が受け身でいる必要がなくなる時代が到来すると、それをベ-スにどのような企業博物館ができるのかは未知数です。
 M&A※3で海外の企業を買収したり、同じグループになると世界各地にグループ企業ができます。創業の地や本社がある国を実際に訪れて博物館を見てもらうのも大切ですが、そうした動きを推進する一方で、海外の拠点に企業理念を理解してもらうために同じような博物館をつくるという動きが今後出てくるかもしれません。
 もう一つのパターンとして、特別展が巡回していくというのが考えられます。企業理念や創業者の想いを伝える部分をパッケージ化して、日本だけでなく世界各地のグループ企業のオフィスや空きスペースを使って展示する、言うなれば「モバイルミュージアム」のような方法もでてくるのではないでしょうか。企業理念を冊子で配布することはありますが、モノを展示する空間の移動は大変という理由もあり、あまり見かけません。しかし、ここまでグローバル化が進むと、従業員に企業理念をより深く理解してもらうために実現されるかもしれません。
 日本において最も企業博物館が増えた時期が好景気のときでしたから、不景気になれば設立件数が減少したり、老朽化した館は潰されてしまうと思っていました。ところが、新たな企業博物館は毎年設立されています。また、既存の施設をリニューアルする事例も増えています。企業側が企業博物館を持つことでもたらされるさまざまな効果を実感しているからこそ、現在でもリニューアルや新規設立が続いているのでしょう。
 
※3 Mergers and Acquisitions の略で、合併と買収の意味
 
» 本日は貴重なお話をありがとうございました。
 
(取材日:2019年8月5日)
取材・文:日下 有紀 金剛株式会社 営業本部事務局 営業企画チ-ム
※取材当時 

高柳 直弥 さん
大正大学地域創生学部地域創生学科専任講師。企業博物館を主題とした研究で経営学の博士号を取得。国内に留まらず世界各地の企業博物館を訪問し、企業博物館研究において第一線で活躍している