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話し手:大塚 泰介 さん 滋賀県立琵琶湖博物館 総括学芸員 博士(農学) ※所属・役職は取材当時のものです。
フィールドで調査する学芸員の様子をパネルで再現
滋賀県面積の約6分の1を占めている琵琶湖。湖水は、水道用水や工業用水、農業用水として、滋賀県のみならず京都府・大阪府・兵庫県でも利用されています。また琵琶湖漁業も盛んに行われ、コアユやビワマスといった湖魚を使った独自の食文化も存在します。
琵琶湖は古くから滋賀県内外の人々の暮らしを支える一方で、土地開発や産業発展など人間の事情によって進む水質汚濁が問題視されてきました。
「人間が湖と共存していくために、何をするのが正解か?」。その答えを探るため、滋賀県立琵琶湖博物館の総括学芸員の大塚さんに、琵琶湖博物館が行っている利用者主体の事業についてお話を伺いました。
ー滋賀県立琵琶湖博物館の特徴について教えてください。
琵琶湖博物館は「湖と人間のよりよい共存関係を築くこと」を目的として設立された博物館です。この目的を成し遂げるために、①テーマをもった博物館②フィールドへの誘いとなる博物館③交流の場としての博物館、という三つの基本理念があります。①のテーマとは「湖と人間」です。② のフィールドというのは、琵琶湖周辺の様々な地域を指します。③は、いろいろな人と情報の交流の中から知恵を生み出していくことを意味しています。この三つの基本理念を土台にして、テーマに沿った情報を集積し、展示に反映させ、さらにはフィールドへ誘う入り口として機能する博物館を目指しています。そしてなにより、博物館側が一方的に知識を発信するのではなく、いろいろな人がフィールドから得た情報を集めて、共に考え、発信していく。そういう情報の流れが大切だと考えています。そのため当館では様々な事業を通して地域の人々に、研究を含む博物館活動に深く関わっていただいています。
リニューアルで新設された展示室「おとなのディスカバリー」では学芸員による「ビワコオオナマズ」の解説が行われていた
ー具体的にどのような事業を行っていますか?
例として「はしかけ制度」があります。当館の理念の下、共に博物館を創りあげていこうとする人たちが集まり、グループに分かれて博物館内外で様々な活動を展開していくというものです。 また「フィールドレポーター」の活動では、滋賀県の自然や人の暮らしなどを調査しながら、そこで得た情報を博物館の展示や研究活動に活かしています。フィールドレポーターも博物館が提示した枠組みの中とはいえ、利用者が自ら研究を行っているのです。 学芸員だけではない様々な人が研究することで、より豊かな成果が得られるのではないかと、私たちは考えています。
利用者と共に考え、発信していくことを意識した情報が多く展示されている
はしかけ制度やフィールドレポーターが発信している「地域の人々による展示コーナー」
はしかけ制度の登録者も参加する研究会で作成した「TNB48」と名付けられた田んぼのコーナーの展示
ーどちらの制度も会員数がとても多いそうですね。
はしかけ制度が約350人、フィールドレポーターが約200人います。※1
先程から「自ら研究」などとハードルの高そうなことを言っていますが、はしかけ制度に関しては、実は結構ゆるい制度です。館の設置目的である「湖と人間のよりよい共存関係を築くこと」に沿った活動をすること、ボランティア保険に加入すること、担当学芸員をつけてグループで活動すること。これらのゆるい制約条件の中であれば、どんな活動をしても構いません。その結果、多くの方に参加していただいているのではないかと思います。それぞれのグループの活動内容は様々で、現在は24のグループがあります。
※1 2018年8月現在
ー具体的にはどのようなグループがあるのですか?
全ては紹介しきれませんが、例えば、県内の魚を採集して調査するグループ、化石を発掘するグループ、小さな子どもと親御さんを対象にした環境学習の基礎を学ぶグループなどがあります。また、スケッチと俳句を専門にしているグループもあります。俳句は専門の学芸員がいないので指導ができませんが、たまたま館長に俳句の趣味がありましたので、館長がバックアップして活動をしています。
先ほどから研究の話を多くしていますが、全てのはしかけ制度の登録者が研究目的で参加しているわけではありません。また、研究志向で来る人たちは、ある程度研究の素養がある人が多いですが、本来の専門分野は全く異なることもあります。金属工学のエンジニアだった人が、引退後70歳で珪藻(けいそう)の研究を始め、80歳までに何本も論文を書いたという例もあります。
ですが、魚が好きな人は魚を調査するグループに参加しますし、絵を描くのが好きな人はスケッチをするグループに参加します。参加の動機は至って単純で、参加者が興味のある活動に参加しているだけなのです。
ー参加者を集める際にはどのような呼びかけを行ったのですか?
そんなにおおげさな広報はやっていません。当館のWebサイトに事業の紹介を掲載し、ときどき活動成果を県が資料提供しているくらいです。それでも年に三回行われる登録講座に、毎年新規の方が合計で50人ほどいらっしゃいます。参加のきっかけの中には、口コミの影響もあると思います。はしかけ制度は一年ごとの更新なのですが、ある程度の出入りがありながらも、毎年300人台で落ち着いています。
広報や口コミ以外のきっかけで参加する場合もあります。学校の部活の枠を飛び出して参加するパターンです。最近できた「琵琶湖梁山泊」というグループがそうです。滋賀県内の高等学校の生徒たちが研究を進めるうちに、先生方が指導できるレベルを超えたことを始めてしまったために、専門家の指導を求めて博物館に来たのが発足のきっかけでした。現在このグループには、他にも自由研究が高度になってしまったために、近くでアドバイスを受けにくくなったという問題を抱える中学・高校生たちが集まっています。高いレベルで研究をしている生徒同士が交流することで、互いに刺激を受け高め合えますよね。そういう関係づくりのできるグループになってほしいと思っています。
ー最後に、琵琶湖博物館は滋賀県民の人たちにとってどういう場所でありたいか、お聞かせください。
琵琶湖博物館は、滋賀県民自身が滋賀の環境を考えていけるような場所をつくろうということで設立されました。琵琶湖の環境は人間の生活とともに変化し、生活排水、工業排水、農業排水など、いずれにせよ人間の事情で水質が汚染されました。そこで、琵琶湖の環境を回復させるために、「石けん運動」※2などの環境保全の活動を、多くの滋賀県民が行ってきました。一方で、開発や外来生物などの影響で生態系が変化したために、水質が改善されたにもかかわらず、本来の環境に適応していた生き物が戻って来ないなど、別の問題も出てきているのが現状です。人間と琵琶湖が共存するために、次に起こすアクションが本当に正しいのかどうかを見極めるのに必要な情報を集め、皆で一緒に考えていくことが、今とても大切になっています。
そのためにも、まずは当館にいる学芸員たちの専門知識を活かして、時代による琵琶湖の環境変化の情報を、できるだけ多く蓄積し伝えられるような場所にする必要があります。それに留まらず、フィールドに生きる人たちの声に耳を傾けて情報を頂き、琵琶湖と共存するためにはどうしたらよいかをみんなで一緒に考えていく。琵琶湖博物館はそんな場所でありたいと思っています。
※2 1970年代後半、琵琶湖の淡水赤潮の発生を機に、主婦層を中心に合成洗剤の使用をやめて粉石けんを使おうと言う運動、いわゆる「石けん運動」が県内全域で展開された。(滋賀県ホームページより)
展示室を抜けた通路の壁にはフィールドへ誘う言葉が目に入る
ー滋賀県というフィールドに生きる人々と学芸員が一緒になって情報を集めて交流することで、県民が琵琶湖と共存していくための道標が見えてくるのですね。本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
(取材日:2018年7月19日)
取材・執筆:三木 すずか 金剛株式会社 社長室
※取材当時
PHOTO GALLERY
滋賀県立琵琶湖博物館
所在地:滋賀県草津市下物町1091
TEL:077-568-4811
開館時間:9:30~17:00(最終入館 16:30)
休館日:毎週月曜日 (休日の場合は開館)
その他臨時休館あり
URL:http://www.biwahaku.jp/
琵琶湖博物館前バス停を降りると出迎えてくれる看板