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話し手:笠 彩子さん(左)熊本大学附属図書館 医学系分館担当、田中 まゆみさん(左中)熊本大学附属図書館 医学系分館担当 係長、 廣田 桂さん(右中)熊本大学付属図書館 中央館 利用支援担当、 大木 綾さん(右)熊本大学附属図書館 中央館 利用支援担当 ※所属・役職は取材当時のものです。
熊本大学附属図書館は熊本市中央区に位置し、黒髪キャンパスの「中央館」、本荘キャンパスの「医学系分館」、大江キャンパスの「薬学部分館」という3館から構成されています。地震により大きな被害に見舞われた図書館のうち「中央館」と「医学系分館」へ状況を伺いました。 幸いなことに人的被害はありませんでしたが、取材を行った9月7日時点でも完全開館に至っていません。そのような中で、 地震発生時からどのような歩みを辿られたのかお聞きしてきました。
―まずは、開館までの概要についてお話いただけますか。
附属図書館では、前震翌日の4月15日時点で、余震を懸念して17日までの臨時休館を決定していました。すべての館で15日の内に施設・設備点検後、再排架作業を進めていたのですが、16日に本震が発生。余震が続く中、18日から中央館・医学系分館を合わせて約12万冊もの落下図書の排架作業に追われることになったのです。
中央館は築40年を越す建物ですが、幸いにして2013年に耐震工事とリノベーションが完了していましたので、建物自体の被害はひび割れにとどまりました。
安全性を確認後、学生へ学修の場を提供するため、まず5月2日に1階ラーニングコモンズエリアを開放しました。続いて9日には1階エリアを、10日に2階閲覧室・PCルームを再開。23日には地下書庫を再開し開館時間も延長。そして6月1日に通常の時間での開館を迎えました。
中央館よりも被害が甚大であった医学系分館には4名しか職員がおりませんが、職員OBをはじめとする、有志の方々が手伝いに来てくださいました。4月16日の本震で大量の図書が落下しましたが、焦らずに、安全に使ってもらえる場所を優先的に開放するスタンスを取ることにしました。
まずは学生が勉強する場所だけでも提供しようということで、5月10日に2階閲覧室・グループ学修室B・PCコーナーを再開しました。6月1日には1階閲覧室・グループ学修室A・雑誌コーナーを再開し、開館時間も延長しました。そして中央館から19日遅れて、6月20日に通常時間での開館へ至りました。
転倒した書架 4月18日撮影 (医学系分館)
―お互いに離れた場所での作業となったわけですが、どのように連絡を取り合ったのですか。
中央館で対策チームを立ち上げ、4月19日から情報共有のためのミーティングを行いました。復旧作業が落ち着くまで毎朝継続し、医学系分館の職員にもスカイプで参加してもらいました。
―復旧の際、作業の優先順位はどのように決められたのですか。
余震が続く中で、職員の安全を確保しながら作業を進めなければなりませんでしたから、地震直後は書庫に入れませんでした。そこで、中央館も医学系分館も、被害の大きな部分より、利用頻度の高いスペースから作業を行うことにしました。この優先順位は、「早く開館してほしい」という学生の声に応える形で、自ずと決まっていきました。
―周囲の声に後押しされながらの復旧作業だったのですね。そのような声の中には、アドバイスも含まれていたとお聞きしました。振り返って、良かったものはありましたか。
東日本大震災を経験された図書館職員の方の体験談は以前読んだことがありましたが、実際に自分が被災するとその内容がどこかへ飛んで行ってしまいました。そのような状況の中で、SNSで外部の方がリアルタイムに発信している情報や、再度体験談を読むことで復旧作業のヒントを得たこともありました。
例として、再排架した後に、余震によって再び図書が落ちないように荷造り用のビニール紐をかけ、約3週間そのままの状態にしておきました。こうすることで、図書の落下被害が少なくなりますから逃げ道が確保できますし、利用者への注意喚起にもなります。
地下書庫の利用再開に伴い、緊急用の笛も準備しました。携帯電話の電波が届かない地下書庫内で地震が起こって脱出が難しくなった場合、居場所を知らせるために使うことができます。
また、昨年度より大型本の混排を止め、サイズ別排架をしていたこともよかったです。書架の落下防止対策が功を奏し、図書の落下被害を小さくしてくれました。
前震翌日 場所別の被害状況を記したホワイトボード(中央館1階事務室)
余震に備えてビニール紐を結んだ書架
4月22日撮影(医学系分館
書庫利用証に付けられた笛 (中央館)
―逆に、「こうすれば良かった」という点がありましたら教えてください。
二点あります。
一点目はなるべく早期に被害状況をくまなく把握するべきでした。被害の大きかった医学系分館地下書庫では、最奥にある落下した雑誌の山に手を付けられたのが6月でした。そのとき初めて、どこからか発生した水によって雑誌にカビが発生していることに気が付いたのです。未製本のものは床に貼りつき、原状回復するために苦労しました。安全を確保しつつ早い時期に全体を把握する重要性を感じました。 二点目は、被害状況の記録写真の撮り方です。職員は各々、多くの写真を撮影していました。しかし今見返してみると、写真が暗かったり同じような写真ばかりだったり…。後世へ残す「資料」としては、復旧前後で同じアングルから定点的に撮った写真が有用であると実感しています。
―いざ地震が起こると、職員も「被災者」として余裕のない状況下に置かれますよね。
ですから、平時の内に非常時対応の見直しを進めていく必要を感じています。例えば、開館時間中、夜間や週末など少人数体制で勤務していても利用者を安全に避難させることができるのかきちんと考えておかねばなりません。
また、グローバル化に力を入れている熊本大学では、留学生などの日本語が母語でない方々への対応を今一度考え直す必要があります。通常時はもちろんですが、絵やマークを使って非常事態に備えることも大切でしょう。
それから書架などの配置も、 地震を想定したレイアウトを心掛けたほうがよいと気が付きました。ガラスのそばには背が高く倒れやすい書架は置かない方がよいですね。代わりに背が低くキャスターがついているものを使うと、棚の転倒と二次被害を防ぐことができます。
日本語が母語でない方のためにイラストも利用(中央館)
展示用書架(中央館)反対に倒れていたらガラスが割れていた
―最後に、被災後の他大学・団体との連携について聞かせてください。
本震が起こって2日後の4月18日から、九州の各大学や東北大学附属図書館をはじめとする全国の大学が、被災地の大学に所属する学生や教職員に向けて図書館サービスを開放する動きがありました。全国各地に避難している学生・教職員が、どこにいても大学図書館を利用できるように…という図書館支援サービスの輪が広がっていったのです。東日本大震災の際にも全国的に同様の動きがあり、熊本大学附属図書館でも関東地区の大学に所属する学生を受け入れた経験があります。4月19日から復旧作業の合間に熊本大学附属図書館のホームページで全国の大学図書館による支援状況の取りまとめを行いました。4月21日からは、国立大学図書館協会が 取りまとめ作業を引き継いでくださいました。おかげで、私たちは目の前の復旧作業に専念できるようになりましたので助かりました。
中には、無料で文献を複写、郵送してくださる大学図書館もありました。医学系分館を利用する医学部の学生や熊本大学附属病院の職員のような医療従事者は、迅速に資料を欲しているケースも多くありますので、とてもありがたかったです。
このような大学図書館間の連携は構築されていますが、 館種を超えた公共図書館とのつながりはまだまだこれからというのが現状です。早速、熊本県内の図書館間のネットワーク作りが動き出しています。
熊本地震をきっかけに、今後図書館同士の連携が深まっていくことを期待しています。
―本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
(取材日:2016年9月7日)
取材・執筆:宮脇 薫子 金剛株式会社 社長室
※取材当時
PHOTO GALLERY
熊本大学附属図書館(中央館)外観ガラスには問題がなかった
配架作業を行う箇所は 〈立ち入り禁止〉 5月20日撮影(中央館)
固定工事を行うまで 立ち入リ禁止の書架 5月10日撮影(医学系分館)
5月31日までは、 利用者にヘルメットの着用を 義務付けた
避難経路を示す張り紙 メモを付け足して 内容を更新(中央館)
「復興の意気や溢るる熊本大学」 五高寮歌の説をなぞらえた合言葉が掲示されている