COMPANY
話し手:今村 規子さん 株式会社虎屋 虎屋文庫 研究主幹、所 加奈代さん( 写真)株式会社虎屋 虎屋文庫 研究主任 ※所属・役職は取材当時のものです。
和菓子と聞くと皆さんはどんな御菓子を想像しますか?雛あられ、柏餅、落雁、月見団子…。年中行事など春夏秋冬の日本の風習を通して、和菓子は私たちの生活に馴染み深い食べ物となっています。室町時代後期に京都で創業した和菓子の老舗 株式会社虎屋には菓子の資料室「虎屋文庫」があります。そこには和菓子の歴史の奥深さや魅力をもっと人々に知ってもらうため、日々励んでいる人たちがいました。虎屋文庫のスタッフである今村さんと所さんに資料室での取り組みに込める想いについてお聞きしました。
2018年にリニューアルオープンした とらや赤坂店
店舗の地下1階にギャラリーがある
ー和菓子の資料室が設置された目的について教えてください。
所 虎屋文庫は1973年に社内の一部署として創設されました。設置の目的は「和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うこと」。これを大きな柱として、資料室では室町時代後期から和菓子屋を営んできた虎屋の資料と、和菓子の全般的な資料を集めています。社内の一部署という位置づけですので、一般の方が資料室に来て閲覧できる仕組みはありません。ですが、問い合わせに関しては積極的に対応し、情報の提供などを行っています。
ー資料にはどのようなものがありますか。
所 大きく分けて、経営資料や帳簿などの紙類や、菓子作りの道具などの古器物といった、虎屋に関わる資料と、江戸時代の製法書や菓子関連の錦絵、書籍といった菓子全般の資料の2つの軸で資料を収集・保管しています。古い資料としては、江戸時代の1695年に作成された菓子見本帳(現代の商品カタログに相当)や、菓子を届ける際に使用した井籠、菓子を作る際に使用する木型などの道具類があります。
中でも、菓子見本帳は大変貴重で面白い資料です。菓子の図案が描いてある帳面で、図案の下に菓銘※1や材料が記載されています。菓子には、日本人の美意識や、遊び心、古典文学の教養が反映されています。当時の上流階級の方々が召し上がる上菓子※2が特にそうです。例えば「霜紅梅」という菓子は、表面にまぶした新引粉※3が早春の梅の花にうっすらと霜が降りているような風情を感じさせます。
※1 菓子の名前
※2 高価な白砂糖を使った上等な菓子
※3 餅米を蒸してから乾燥させ、細かく挽いて煎ったもの
江戸期の資料である菓子見本帳
上段右より反時計まわりで元禄8年(1695)、宝永4年(1707)、文政7年(1824)、文政7年(1824)
菓子のデザインは現代に通用する愛らしさがある
菓子木型
落雁などを作る際に用いられる道具
左)雛井籠(ひなせいろう) 安永5年(1776) 雛菓子用の小ぶりの井籠
右)虎屋の手提げ袋は雛井籠のデザインを取り入れたもの
ー社員の方々はどのような場面で資料を活用されていますか。
今村 例えば月々に販売する生菓子を決める会議が半年に一度ありまして、そのような場面でも先程の菓子見本帳や古い販売記録など、虎屋文庫のさまざまな資料が活用されています。販売が決まった商品が久しぶりに復刻するものであれば、材料の配合や製法について資料を提供することもあります。
所 虎屋の歴史を紹介する際の事実確認も重要な活動です。5世紀におよぶ会社の歴史について調査を行っており、各時代の御用※4や商品についての問い合わせに対しても、資料提供や確認を行います。他には「以前こういう御菓子があったと思うんだけど」「この御菓子の由来を知りたいんだけど」という相談をもらうことがあります。そのような時も資料の出番ですね。営業、製造、広報など、本当にいろいろな部署からの問い合わせがあり、資料が活用されています。
※4 宮中ほかに注文の商品を納めること
霜紅梅 文政7年(1824)「新製御菓子繪圖」より
雲井の桜 文政7年(1824)「新製御菓子繪圖」より
差出の磯 文政7年(1824)「御菓子繪圖」より
なずび餅 宝永4年(1707)「御菓子之畫圖」より
鶉餅 元禄8年(1695)8月「御菓子之畫圖」より
ー社外からの問い合わせにも積極的に対応されていらっしゃるということですが、どのような内容の問い合わせがあるのでしょうか。
所 マスコミの方からは番組で使用する和菓子の豆知識的な質問や、画像提供の依頼をいただきます。例えば、「おはぎ」と「ぼたもち」の違いなどはよくお問い合わせのあるテーマです。夏休みの自由研究や、和菓子の論文を書きたいという学生さんから問い合わせを頂戴することも最近は増えています。
今村 和菓子は食べ物ですので、実物が残っていません。故に、分からないことも多いです。ですが、だからといって難しい質問を分からないと返すのではなく、できるだけ役に立てるものを資料室から探して提供することを心がけています。私たちにとっても非常に良い勉強になっていますので、どんな内容でも問い合わせをいただくことは大変有難いですね。
ー虎屋文庫ではとらや赤坂店のギャラリーにて展示会を行っていると伺いました。
所 年に1回程度菓子をテーマにした展示を開催しています。
1973年に第1回目の展示会を行いまして、今年で79回目となります。展示会を始めたばかりの頃は、江戸時代の帳簿ほか虎屋に関する資料が中心でしたが、現在では和菓子をもっと幅広く捉えた展示テーマに変化しており、おかげさまで遠方の多くのお客さまにも足を運んでいただいております。
ー開放的な展示会となったことで、和菓子を知っていただける機会が広がったのではないでしょうか。展示会でこだわっている点を教えてください。
所 和菓子のさまざまな顔をご紹介できるよう、テーマのバリエーションを出す点にこだわっています。例えば、歴史上の人物と菓子のエピソードに注目した展示や、東西の食文化の違いをテーマにした展示などを開催してきました。本物の御菓子を展示しているというのも、菓子屋である虎屋の展示ならではのこだわりです。例えば、2010年に開催した「和菓子の歴史展」では、大正時代に流行したバナナの形をした和菓子や、戦時中の代用おやつを再現展示しました。絵図や写真パネルだけよりも、実物をお見せすることで、より楽しんでいただけると私たちは考えています。展示を通して「美味しそうだね」とお客さまに思っていただけることが、和菓子屋としての喜びでもあります。
ー2019年11月には4年ぶりの展示会が開催されますね。企画内容はどのようなものですか?
所 今回の展示のテーマは羊羹です。
羊羹が中国からやってきた食べ物ということはご存知でしょうか。「羊のあつもの」と読めることから分かるように、実は羊肉のスープが原形となります。このスープを日本へ伝えたお坊さんが肉の代わりに小豆や小麦粉などを使用し、それがやがて菓子へと変化したのです。
こうした知られざる歴史を踏まえ、羊羹に関するさまざまな資料や再現菓子を展示します。
2015年から赤坂店の建て替えに伴い、しばらくギャラリーの使用ができませんでした。2018年10月に店舗が開店し、4年ぶりの展示会となります。期間は11月1日から12月10日までです。※5新しい店舗には、若い方や観光で訪れる方、海外からのお客さまも増えています。そのような方にもぜひご覧いただきたいです。
今村 洋菓子の華やかなイメージに比べると、和菓子は地味だとか、お茶会で食べるイメージがあり敷居が高いという理由で、取っつきにくいと思われる方もいらっしゃいます。そんな方にも和菓子の「面白さ」や「美味しさ」を、展示を通してお伝えしていきたいです。「和菓子って素敵!」と感じていただければ嬉しいですね。
※5 展示会の休館日は赤坂店に準じる
夏の特別企画展「和菓子の歴史展」(2010年7月23日~9月20日)
展示する菓子は一日で交換が必要なものもある
職人が再現した江戸幕府の嘉祥菓子※6
再現菓子は資料などをもとに職人と相談を重ねて作る
※6 嘉祥とは6月16日に菓子を食べて厄除招福を願う行事
スタッフが手作りした本来の羊羹(羊肉のスープ)
ものによっては虎屋文庫で作ることも
手作りした再現菓子の数が100種を超えたスタッフもいるという
ー展示会の他にも、書籍の発刊やWebサイトでのコラム、和菓子関連の展示会の協力など、さまざまな情報発信を行われていますね。中でも想い入れのある活動は何でしょうか?
所 年に1回刊行している『和菓子』という機関誌です。和菓子関連の研究論文や史料翻刻※7を中心とした学術雑誌になります。1994年に創刊し、今年の3月発刊号で26号となりました。この活動を継続することで和菓子を研究する方が増えていくと私たちは考えています。さらには食文化だけでなく民俗学などの他分野を研究している方にとっても、新たな発見のお手伝いになるのではないでしょうか。
今村 和菓子は専門分野としては狭く、研究者も少ないため、研究を進めるためには自分たちで史料紹介もしていかないと…という思いがあります。一方で、広く興味を持っていただくきっかけ作りとして、Webサイトのコラムなど、気軽な読み物の継続的な発信も大切に続けていきたいです。
※7 古文書などのくずし字を活字化すること
機関誌『和菓子』
通信販売のほか、各都道府県の図書館に寄贈し、興味がある方に手に取っていただけるようにしている
Webサイトで連載中の「歴史上の人物と和菓子」
ー今後も活動を続けていく中で、課題としていることを教えてください。
所 アーカイブの面に関して、現用の資料をどのように保管し、後世に残していくかというのが大きな課題です。そのためには、現在扱っている現用の資料が100・200年後には貴重な資料になるという意識を、社内で共有していくことが重要だと考えています。
2003年の社史発行をきっかけに、社内の資料を捨てる前に資料室へご相談いただくよう積極的に呼びかけてきました。そのかいもあり「この資料は必要ですか?」というような相談が増えてきています。地道な作業ではありますが、日頃の呼びかけにより、資料を残していくという意識が徐々に社内へ浸透してきていると実感しています。
ー意識を共有するためには、地道な継続が大切なのですね。
今村 現在、社内向けに虎屋に関する「今日は何の日」というコラムを発信しています。「水戸黄門」で名を知られる徳川光圀公から注文をいただいた日や、新聞広告を初めて出した日などの歴史的な話題を共有することで、先人の積み重ねが今の自分たちにいかにつながっているかを知ってもらいたいと思っています。
所 また、社内の出来事を記録する年表を作成し、社内に公開しています。商品変遷や出店情報などを知る上でとても役立っています。この年表のベースとなっているのが、決裁書・報告書など現用の社内文書です。
今村 資料室は「古いものがある」という部分ばかりに注目されがちです。ですが実際は、過去と現在、そして未来という長いスパンで考えていく必要があります。今手を抜いて100年後に笑われてしまわないように、私たちは今を記録していくことも大切に続けていきたいと思います。「平成・令和の時代の人も頑張っていたね」と、そう未来で言ってもらえたら嬉しいです。
資料室の様子
中性紙保存箱の中の資料も薄葉紙に包んだり、中性紙封筒に入れて保存することで、傷みを防いでる
ー古い資料を守っていくと共に、現用の資料をきちんと収集・保管することで、未来へ文化を継承できるということが分かりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(取材日:2019年6月20日)
取材・文:三木 すずか 金剛株式会社 ガバナンス局 社長室
※取材当時
菓子資料室 虎屋文庫
所在地:東京都港区赤坂4-9-9赤坂MKビル2階
TEL:03-3408-2402
受付時間:9:00~17:30(土・日・祝日を除く)
URL:https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/