COMPANY
話し手:丸野 真司さん(中)株式会社熊本日日新聞社 業務顧問 新聞博物館長、湯田 理喜雄さん(左)株式会社熊本日日新聞社 新聞博物館事務局委員、酒井 友博さん(右)株式会社熊本日日新聞社 新聞博物館委員 ※所属・役職は取材当時のものです。
機械遺産登録「活字鋳造機」
本館で受付を済ませ、別館のエレベーターに乗るとインクの匂いが迎えてくれま す。ここは株式会社熊本日日新聞社が運営する新聞博物館。日本で最初にできた 新聞博物館です。新聞の歴史的遺産を収集・保存するとともに、時代を先取りする 情報文化センターとしての役割を果たすことを目指して活動をされています。
設立から現在に至るまでの取り組みや今後の展望について、丸野館長、湯田委 員、酒井委員のお三方にお話をお聞きしました。
―新聞博物館を設立した経緯や目的について教えてください。
熊本で日本初の新聞博物館の開設が構想されたのは1977年1月の役員会だったと聞いています。それから他の全国の新聞社や印刷関係の機械メーカーに呼びかけて、新聞製作機材などの収集を行ったということです。その3年後に社内で研究会がつくられました。現在の当社建物が建つ前は熊本南警察署庁舎がありましたが、庁舎移転に伴い、その跡地を確保できたことで取り組みが本格化していきました。構想から10年後の1987年10月1日に、熊本日日新聞社創立45周年記念事業として新聞博物館を開館いたしました。
目的は、明治時代から始まる日本の新聞の歩み、歴史的遺産を後世に伝えていくことであり、これまで発行されたいろいろな新聞紙面をはじめ、新聞界の先駆者の遺品や制作印刷機の収集を行うことでした。同時に、1930年代にアメリカで始まった「教育に新聞を」という「NIE」※1運動の拠点にしたい、教育センターのような機能を持たせたいという思いもあり、当時としては先駆的な取り組みだったと思います。
※1 学校などで新聞を教材として活用し、興味や関心の幅を広げる社会運動。Newspaper in Education(教育に新聞を)
―日本最初の新聞の博物館と伺いました。熊本の地で他社に先駆けて博物館を設立した貴社だからこそできたことについて教えてください。
なぜ熊本が最初かといいますと、実は熊本は徳富蘇峰はじめ、池辺三山、鳥居素川のように言論界に多くの人材を輩出しています。「新聞人のふるさと」と称されるほどです。も う少し後になると毎日新聞の本山彦一さんや、城戸元亮さんといった方たちも輩出していますので、熊本は新聞界においては知られた土地だということです。そういった伝統、支える人材がたくさんいたからこそ熊本で新聞博物館ができたということです。
ただ、前例のない取り組みでしたので大変な苦労があったようです。当社の論説委員長なども歴任した初代館長の平野敏也は、国立歴史民俗博物館や東京大学の研究施設など全国のさまざまな施設を訪ねて、博物館の運営方法や収集の仕方を学びました。さらに、全国の新聞に関するコレクターを訪ねて資料を集めました。また、先ほど名前を挙げました玉名市出身で、毎日新聞の会長もされた城戸元亮さんのご長男からは、八百数十通の書簡などを開設前に寄贈していただきました。このような努力や貴重な寄贈品や寄託品などもあり、構想から10年、ようやく開設にこぎつけたということです。
―どのような方々が利用されているのか教えてください。利用者の反応についてもお聞きしたいです。
利用される方は、時代によって少しずつ変わってきているように感じます。昔、多かったのは小学生や社会科見学の学生でした。新聞社の成り立ちや役割、印刷の現場を勉強し てもらう郷土学習の場として利用していただくことが多かったようです。最近は各種団体や市民講座、インターンシップなどの見学の団体が多くなっています。
当館には昔の活字組版※2もありますので、活版印刷※3を実際にやられている方やそれを研究しているグループが全国から見に来られます。現在の活版印刷はハガキや名刺程度です が、当館の組版は新聞1ページ分の大きさですので、皆さま驚き喜ばれます。中には2、3時間もおられ何度も来館される熱心な個人の方もいらっしゃいます。
※2 鉛活字を組み合わせて版を作ること。 活版ともいう
※3 活字組版を使った印刷方法
鉛活字
活版印刷新聞サイズ
―企画展も開催されておられますが、企画を決める際のこだわりなど重視されていることがあれば教えてください。
新聞は毎日膨大な情報量を含んでいますが、その情報は忘れられてしまうのも早い。しかし、企画展という形で過去の記事や写真を集めると、日々接していた新聞の魅力の再発見になるのではないかと思っています。
企画展で使用する記事や写真は、基本的に記者たちが過去に取材し報道したものです。紙面に載った明治、大正、昭和など古いものから、つい最近起きたことも含めて、企画のときに記事・写真を探しだします。
例えば現在、企画展示は「日めくり猫島 湯島」※4を行っています。2018年4月から2019年3月まで夕刊で連載した猫の写真ですが、改めて1年間の写真を集めて整理し展示すると、また違った猫島の魅力を見つけることができます。
また熊本地震のときは、膨大な量の記事、写真が連日紙面で多く取り上げられました。相当な量の写真を撮ってありますが、実際に紙面に載るのは数に限りがあります。新聞に載っていない被災地もたくさんありましたので、それを整理してピックアップし、地震の後に展示しました。そのときは1万3千人の来館があり、一回の企画展としては最多でした。
※4 猫島とは熊本県上天草市の離島「湯島」のこと。人口300人の島に200匹の猫が生息していることから「猫島」という愛称で親しまれている
企画展「日めくり猫島 湯島」
―熊本地震についてお話がありましたが、当時の状況についても教えてください。
1回目の地震のときは、本棚や展示室のいろいろな物が傾きました。それでもすぐ直せる状況ではありました。2回目の地震のときは、5千冊ほど入った本棚が全て倒れました。展示の機械も倒れ、展示ケースも2メートルほど動き、何トンもある大きな機械がずれるなど酷い状況でした。活字棚※5も倒れ、鉛活字※6はすべて散乱してしまいました。
また、当館では新聞の保管も大きな仕事です。開設した年から全ての新聞が保管されています。相当な量です。その新聞を保管していた棚は、壁に取り付けて固定されていましたが、壁ごと剥がれて倒壊してしまいました。
このような状況の中、地震から2か月後の2016年6月に、地震後最初の企画展「恐怖の夜から復興へ向けて 4/14、16 熊本地震」を開催しました。常設展示は休止にしましたが、企画展は地震の被害状況を伝えるべく、余震の続く中、修復しながら準備を進めました。写真の枚数が多いこともあり、これまでの企画展示室に加え、壊れた棚を全て撤去した以前の新聞保管場所を利用しました。入れ替えもしながら全部で1500枚ほど展示しましたので、部屋に入りきらない写真は廊下にも展示しました。
※5 鉛活字を収納する棚
※6 鉛を鋳造して作った活字
左)地震前の活字棚 右)地震後の活字棚
企画展案内
「恐怖の夜から復興へ向けて 4/14、16 熊本地震」
―熊本を代表する地場企業として心がけている取り組みがあれば教えてください。
熊本に根差している新聞社ですので、報道したものには熊本のいろいろなものが凝縮されています。それにもう一度光を当て、時代に合わせて届けていくことで、地域の皆さまが熊本の過去を知り、将来を考える何かのきっかけになればと思っています。
もう一つ重視していることは「NI E」。もっと子どもたちが学べる場になっていければと思っています。今回も猫島とは別に、青年海外協力隊の連載記事も館内にまとめて展示しました。先日、執筆した3人の隊員を招いて、ミニトーク会や子どもたちとの交流会を開催しました。これまでもシンポジウムを開催したり、地域の人たちと顔を合わせたりしながら交流してきました。
当社が持っている県内の情報量は他社と比べて断トツに多いと思います。その中から内容を絞り込んで整理編集すると充実したコンテンツに仕上がります。新聞社が持つ多彩な情報を、地域のために当館でさらに有効活用していければと思います。
―今後の活動や目指すものを教えてください。
まずは、熊本地震の情報を振り返る常設展示をつくらなければなりません。次に、これまで先駆的な取り組みをしてきましたが、四半世紀以上が過ぎたので全体を見直さなければならないと思っています。現在、収蔵品の展示の仕方を、専門家からアドバイスを受けながら検討しているところです。収蔵品リストも作成している途中ですが、まだ内容が分からないものや判読していないものもありますので、資料の中身、価値をもう一度調査していきます。
32年前に寄贈していただいた書簡も時間経過で劣化してきています。保存、展示の方法も考えていかなければなりません。展示内容についても、開設したときは「昭和」でしたが今は「令和」です。「平成」も歴史になりましたので充実させる必要があります。熊本地震の記録もその一つです。解説文が少なく文章も難しいので、子どもたちが学習しやすい展示、解説の仕方も考えていきます。さらに音声ガイド、多言語化などデジタル化ができれば、子どもはもちろん、お年寄りや海外の方も誰でも接しやすい博物館になると思います。
新聞も鉛、活版印刷からコンピュータ制作になり、紙からネットへと時代が変わってきました。博物館も対応しなければなりません。だからといって展示は全て映像ということではないと考えます。紙の新聞だからこそ広げて展示することによって身近に感じることができるのではないでしょうか。デジタルの技術を取り入れつつ、紙の印刷のリアル感を両方体験できる、そんな場所になっていければと思っています。
歴代の題字
―地域に根差した企業としての役割を果たすべく、守るべき使命・伝えるべき使命を帯び活動されています。熊本地震の混乱の中でも前を向き、新聞社だからこそできる使命を果たしてこられました。
熊本の歴史を未来につなぐ大変貴重な博物館。今後も地域の皆さまとともに守り、大切に伝えられていくことでしょう。この度は、誠にありがとうございました。
(取材日:2019年8月1日)
取材・文:村上 栄太 金剛株式会社 ガバナンス局 社長室
※取材当時
新聞博物館
所在地:熊本県熊本市中央区世安町172 熊日本社2号館5階
TEL:096-361-3071
開館日:平日10:00~17:00(最終入場16:30)まで
休館日:日曜・祝日、年末年始(12月26日~1月5日)
URL:https://museum.kumanichi.com/