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話し手:西山 広成さん 益城町交流情報センター(ミナテラス)所長・益城町図書館 館長、田﨑 浩美さん 益城町図書館 司書、西村 まみさん 益城町図書館 司書、永塩 和佳さん 益城町図書館 司書 ※所属・役職は取材当時のものです。
熊本県益城町の交流情報センター"ミナテラス"。平成28年熊本地震の避難所中継で全国的に有名になった益城町総合体育館に隣接し、益城町図書館が入るこの施設にも、地震直後は多くの住民が避難してきました。受け入れる施設も職員もすべてが「被災」の日々を過ごす中、職員や司書の皆さんは「図書館ができること」に真摯に向き合い、様々なことに取り組んできました。その中の一つ、震災資料収集の取り組みは 、町が体験した災害を後世に伝え、将来の災害に役立てるために開始したものでした。しかし、取り組みを続けるにつれ、震災資料には「復興」の途上で町が抱える「現在」の課題を解決する強い力があることに気付くようになったそうです。
熊本地震からの1年余りを振り返り、これまで図書館として何を考え、どのように歩んできたのか、館長をはじめとする4人の皆さんにお話を聞かせていただきました。
ー熊本地震直後の図書館の状況について教えてください。
4月14日午後9時26分に発生した地震で天井の照明の一部が落下。書架からはほとんどの本が落下してしまいましたが、建物自体は無事でしたので、この時点では翌朝から本を片付ければ早期に図書館機能を再開させられると思っていました。しかし、最初の地震からわずか28時間後の16日午前1時25分、のちに「本震」と呼ばれることになる大きな揺れに再び襲われました。それまでミナテラスの駐車場では、14日の「前震」で隣の総合体育館に入れずにいた住民の皆さんが余震を警戒して身を寄せ合いながら二日目の夜を迎えていましたが、ついに寒さと怖さに耐えきれなくなって建物の中に殺到してきたため、図書館の復旧作業以前に避難所としての受入体制が追いつかなくなるという状態になりました。図書館の職員や司書の中には自宅が全壊や半壊の被害に遭っている人もいましたので、当初はそれぞれの境遇の中で出勤可能な人だけが出勤し、避難所運営などの対応をするという体制を取りました。
避難所運営で特に苦労したのはトイレの衛生状態の維持と水の確保でした。上下水道が寸断されていたので、放っておけば衛生状態の悪化が心配されたからです。しかし、県外の自治体職員やボランティアの皆さんが、劣悪な状況を厭うことなく毎日の清掃や水の運搬をしてくださったので、避難所に感染症が蔓延するようなことはありませんでした。おかげで図書館も限られた人員の中、館内の復旧作業に専念することができました。皆、自分自身の生活もままならない状況ではありましたが、職場に来れば自分の仕事があり、それに集中することができたというのは、精神的な意味でとても大きな救いでした。司書として何をしなければいけないかということにしっかりと向き合って考える機会にもなりました。振り返れば様々な方に守っていただき、働ける環境を作っていただいたからこそ、今があるのだと思います。
4月14日 前震直後の館内の様子
散乱した14万冊の本と落下した天井の照明により足の踏み場もなかった
ー図書館が再開したのは震災からおよそ半年後の10月1日だったと伺っています。再開までの取り組みを具体的に教えていただけますか。
散乱した本の片付けは5月末には完了していました。当初は足の踏み場もないほどに通路が本で埋め尽くされていたのですが、京都府行政職員の方や避難している学生さんたちが散乱した本を書架の脇に積みあげてくださったり、床に散らばった照明のビスの片づけに協力してくださったりしたおかげでその後の作業をスムーズに進めることができました。照明や書架の修理が完了して図書館が再開するまでの間、館内では本の修理や蔵書点検を行い、館外では児童書や一般書の提供、子ども向けの読み聞かせなどに取り組みました。読み聞かせは子どもにも大人にも概ね好評でしたが、当初は避難所となっていたミナテラスのロビーで行っていたため、そばで寝泊まりしている方々の中には、読み聞かせが始まると別の場所に移動されるような方もいらっしゃいました。私たちとしては、少しでも皆さんの慰めになればという思いでしたが、本に接する気持ちにもなれないような心境の方もいらっしゃったわけです。本当は毎日でも読み聞かせをやりたかったのですが、様子を見ながら数日おきに行うようにしました。このように反省点があればひとつひとつ職員や司書の間で話し合いの場を持ち、住民の皆さんの気持ちへの配慮を忘れないようにということを常に確認し合っていました。
6月以降は、敷地内に「よかましきハウス」という仮設のコミュニティー施設ができましたので、そちらに本を持ち込んで「益城mini図書館」を開設し、週2回の読み聞かせを行いました。
ボランティアの方々の協力により書架の下2段と書架の脇に本を積み上げて作業通路を確保
その後司書の手により分類通りの並べなおし作業を進めていった
ミナテラスのロビーで始めた子ども向けの読み聞かせ
反応は様々で毎日が試行錯誤の連続だった
避難所となっていたミナテラスのロビー中央にブックトラックを置き、児童書や一般書を並べた
ミナテラスに隣接して設置されたプレハブのコミュニティー施設「よかましきハウス」
この一角に「益城mini図書館」が開設された
他にも、災害時の日々の営みを映し出す様々な資料を保全し将来に繋げるため、5月21日からは震災資料の収集にも取り組みました。収集の対象は新聞などの刊行物だけでなく、個人が撮影した写真や行政 が発行する生活再建支援清報のチラシ、ボランティアの活動記録、避難所に貼られた各種の貼り紙など多岐に渡ります。最初はミナテラスのエントランスと事務所に段ボール箱を置き、捨てる資料があれば提供いただけるよう呼びかけました。しかし、なかなか理解が広がりませんでしたので、司書が自らの足で町内の避難所や事業所を回り、段ボール箱や封筒を配布して資料収集へのご協力を呼びかけるという活動にも取り組みました。東日本大震災のときの事例を参考に、どのような資料が欲しいかということを説明したチラシや、公開可否のご意向を記載していただくためのカードなども作成して、資料の収集や整理の効率が上がるような工夫もいたしました。避難所が閉鎖され仮設住宅に移行してからはますます収集が難しくなりましたが、その一方で、図書館が震災関連の資料を集めていることを知った人たちから、個人や団体で作成した記録集や手記を寄せていただくことも徐々に増えていきました。活動開始から一年を経てようやく私達の活動に対する認知が広がり、震災資料の意義を共有いただける方が増えてきていると実感しています。益城町に限らず、県内では各校区などで作成された記録集は多数存在し、それぞれの地域の図書館に寄贈されているようです。
震災資料を収集するための段ボール箱や封筒類と協力を呼びかけるチラシ
自作した様々なツールを備え、震災関連の資料で捨てるものがあれば提供いただけるように
町内各所をまわった
図書館が再開してからは収集した資料の一部を館内に展示して皆さんに見ていただけるようにしました。背景に使用したのは、地震後、私たちの命を守ってくれたブルーシートです。当初は避難所の張り紙などを中心に展示しましたが、震災後10か月を過ぎた平成29年2月からは、地震後の町の被災写真や断層の写真、後日取りまとめた司書の手記などを展示するようにしました。
平成28年10月~
図書館再開後、収集した資料を館内に展示
避難所の張り紙や再建支援のチラシ類がメインだった
平成29年2月~
震災から1年を前に展示内容を刷新断層や町の被災写真など、日々移り変わる町の様子を展示している
ー最初のころは避難所のチラシや掲示物など日々の生活の瞬間を捉えたものだったのが、日が経つにつれて、断層の調査資料や記録集など、それぞれの角度から地震という現象を深く捉えた資料へと変わってきたわけですね。
最近は、館内の震災資料コーナーに県や町のホームページに掲載されている生活再建支援制度などをプリントアウトして置いています。行政の支援制度には、被災した住宅の修繕費用の一部に充当できる補助金など、一定の条件のもと受けられる様々な制度が用意されています。しかし、ご年配の方などインターネットにアクセスできない方も多く、中には制度の存在を知らないままに工事を進めてしまったという方もいらっしゃいます。図書館では被災者にとって必要と思われるものをネット上から抽出し、インデックスを貼るなどしてわかりやすく提供するようにしています。また、現在、益城町では、県道を2車線から4車線に拡幅する計画や土地区画整理事業が進んでいます。そのための手続きの一環として、各地区で住民説明会やアンケートが実施されているのですが、説明会に行けずに資料が入手できなかったり、近隣でも地区が違うためにどんな内容のアンケートが実施されているかがわからないというような情報の格差が生じています。そのため図書館では、自分たちの町が再建に向けてどのような歩みを辿っているのかがわかるよう、各地区の説明会で配布された資料やアンケートなどをできる限り入手し、館内で閲覧可能な状態にしています。震災資料を担当している司書自身が生活再建の問題を抱えているため、当事者目線で必要な情報の選別・収集・整理を行い、利用者の方に提供しているのです。
ホームページ上の復興計画や支援制度を
プリントアウトし、見やすくファイリングして提供している
一震災資料というと、震災の記録を将来に残すためのものという印象がありますが、生活再建の途上にある住民の皆さんにとっては、「今まさに必要な情報」が「震災資料」なのですね。
必要とされる情報を利用者に届ける仕事は図書館のレファレンス業務そのものです。これは震災資料も例外ではないと考えています。生活再建に関連する情報を震災資料のコーナーで提供し始めるようになってからは、資料を開きながら利用者同士で情報交換をしたり、資料を書き写したりしている姿をよく見かけるようになりました。そういった反応を見ながら、どのような情報が望まれているかを推察し、次の活動に活かすようにしています。
一方で、公共図書館は住民の生活に溶け込んだ場所でもありますので、住民の生活を後世に残していくことも重要な任務だと思っています。明治22年に熊本で起きた地震を記録した『熊本明治震災日記』(通称:『水島日記』)は震災直後の行政機関の対応や、デマに翻弄され混乱する市街地の様子などを、ひとりのジャーナリストが等身大の目線で書き留めた資料です。ほかにも当時の地震の様子を記録した行政資料は存在しますが、それとは違う視点で記録されているのが特徴です。住民に近い立場の図書館は、『水島日記』のように住民ひとりひとりが体験した「平成28年熊本地震」を行政記録とは別の視点で後世に残していく役割があるのではないかと思っています。
熊本市都市政策研究所 『【現代語訳】熊本明治震災日記』 水島孝之著(明治二十二年)
一様々な方の支えが司書の皆さんの専門性を引き出し、現在の町の復興と未来への記録という両方の価値を備えた震災資料群の形成に繋がっているわけですね。本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
(取材日:2017年6月6日)
取材・執筆:矢賀部 仁 金剛株式会社 管理本部復興計画室
※取材当時
益城町図書館
所在地:熊本県上益城郡益城町大字木山236(益城町交流情報センター内)
T E L :096-287-8411
開館時間:午前10時~午後6時(水曜日は正午~午後8時)
休館日:月曜日(祝祭日の場合は翌日)、毎月第3金曜日年末年始(12月28日~1月4日)、特別整理期間(年1回)
U R L :http://www.town.mashiki.lg.jp/kouryu/