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執筆:小田部隆 金剛株式会社 執行役員 製造本部長兼業務本部長 ※所属・役職は取材当時のものです。
はじめに
この度の平成28年熊本地震で被災されましたすべての皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
過去、数多くの地震を経験してきた金剛ですが、今回の地震は弊社の地元、熊本で発生した地震であったために、これまでとは全く違う対応を求められました。納入させていただいているお客様への対応と同時に、機能停止に陥った本社・工場の立て直しも急務でした。避難所や車中泊で夜を明かしながら出社してくる社員の顔には日に日に疲労の色が蓄積してきて、もはや一刻の猶予も許されない状況でした。
納入させていただいている製品の復旧、工場の再開、社員の生活再建。すべてにおいて最優先を求められる状況の中で、弊社は一時、パニック状態に陥りました。
そんな中、我々を強く突き動かしてくださったのは全国から寄せられる温かいご支援や励ましでした。皆様に支えられながら足掻き続けることで状況は着実に改善していきました。そして本震から9日目の4月25日。工場はようやく出荷再開まで漕ぎつけることができました。
自然災害は防ぐことはできません。しかし、備えることで被害を最小化し、復旧までの時間を短縮することは可能です。今回の経験を記録し検証することで災害への備えを強固なものにしていきたいと思います。
平成28年熊本地震について
まず、我々が経験した熊本地震を今一度、簡単におさらいします。
報道でも繰り返し述べられていますが、今回の地震の最大の特長は、わずか28時間のうちに2 度にわたる震度7の激震が襲ってきたことでした。
出典:気象庁 平成28年(2016年)熊本地震の評価 (平成28年5月13日公表)http://www.static.jishin.go.jp/resource/monthly/2016/2016_kumamoto_3.pdf
ただ、この震度という表現は人間が体感する揺れの大きさを示し、最大値が震度7までとされています。我々が地震対策製品の開発などの際に過去の地震の規模を把握する値としては、加速度(単位:gal)などの値を用います。加速度は地震の揺れの激しさを表し、一般的に値が大きいほど破壊力は大きくなります。
地球の重力加速度は約980galですので、熊本地震の前震は重力の約1.6倍、本震は約1.8倍の加速度であったと言えます。
阪神・淡路大震災の最大加速度は89lgal(三成分合成、神戸海洋気象台)、新潟県中越地震(本震)の最大加速度は1750gal(三成分合成、K-NET十日町)、東日本大震災の最大加速度は2,933gal(三成分合成、K-NET築館)でした。熊本地震は、阪神・淡路大震災を大きく上回り、新潟県中越地震に相当する加速度の揺れであったことがわかります。
金剛(株)の工場復旧までの経過
熊本市の 中心市街地にもほど近い上熊本に位置する金剛の工場も大きなダメージを受けました 。
金剛の工場では主にスチール製のラックを生産しております。板状やロール状の鋼板を切断し、曲げ、穴加工、溶接、塗装、組み立てといった工程を経て、移動棚をはじめとした各種製品を製作していきます。4月19日には生産設備の一部が復旧しましたが、復旧したラインだけを稼動さ地震発生後の体制強化させても製品は完成しないため、工場のスタッフは1日も早く全ラインが復旧できるよう全力を傾けました。稼動できる設備から順次稼動を再開させ、工程の最終段階である塗装設備が稼動し始めたのは4月22日。出荷体制が整ったのは、本震から9日目の4月25日となりました。
出荷再開までの間、協力工場での代替生産などで凌げるものもありましたが、多くのお客様には納期変更などにご理解・ご協力をお願いすることとなってしまいました。
全ライン稼動再開となった4月25日以降、現在も減産体制の稼動が続いておりますが協力工場の支援を受けながらお客様からのご要望・ご注文にお応えしております。
地震発生後の体制強化
前震発生直後より、弊社製品を納入させていただいているお客様からはたくさんの修理要請を頂戴しました。 熊本は幸いにして九州の周辺各県と地続きにあり、地震発生後も4月20日からJRが段階的に運転を再開するなど、都市間の交通は早期のうちに復旧に向かっていきました。そのため弊社では、博多駅前に事務所を設ける九州支社を第二の連絡拠点とし、必要な人員や物資の援助を九州支社から受ける態勢をとりました。 また、熊本にいるスタッフだけでこの事態に対応するには限界がありましたので、九州管内はもとより、仙台や東京といった拠点からも東日本大震災を経験した人員を投入し、窓口となる営業や修理の実行部隊となるサービスマンの体制を強化させ、事にあたりました。
被災した製品の状況
● 金庫
金庫メーカーとして弊社が古くから納入させていただいている熊本では、金庫の被害が数多く確認されました。
金庫の背面、側面は壁に接していることが多いため、地震により壁からの衝撃を受けて大きくずれたり、扉面を下にして倒れているケースが多く見られました。これにより、収容物を取り出すことができなくるといった事態はもちろん、倒れた金庫の重量で扉を開けるためのハンドルが損傷したり、差したままにしていたカギが折れてしまうという被害に発展してしまうケースが見受けられました。
扉面を下にして転倒した金庫
転倒した結果自重により金庫の扉のハンドルが変形
=改善策=
金庫設置時にはアンカーボルトなどで床面に固定することをお勧めします。これによりズレや転倒といった被害の多くは免れることができ、その後の復旧作業もスムーズに進められるようになります。 OAフロア面に金庫を設置する場合は、金庫設置部のみフロア材を切り欠いて、 コンクリートの床に土台を設置し、その上に金庫を固定するという方法をお勧めします。金剛では設置場所の状況に応じた土台の設計、製作も対応させていただいております。 また、金庫をご使用される際には、ご面倒でもカギを抜いて別に保管されることをお勧めします。
● 書架、物品棚
書架や物品棚は壁・床への固定が比較的徹底されていました。しかし、ボード壁に固定した金具が抜けてしまい、転倒してしまうといったケースが多く見受けられました。 =改善策= 同様の事例は東日本大震災の直後にも問題視されていました。その結果、ボード壁の下地材やボードの奥のコンクリート壁にアンカーを効かせるような施工方法が東日本地区を中心に広く普及しました。 しかし、このような耐震固定の方法は費用もかさむうえ、場合によってはボ ード壁にある程度の穴を開けなければならないため、地震が少ない地域とされてきた熊本では、残念ながらさほど普及しておりませんでした。 弊社としても今一度、書架、物品棚設置時の固定方法のご提案を徹底していきたいと思います。
ボード壁から抜けた固定金具
●免震書架
1997年に初期モデルを発売した免震装置付きの書架は、東日本大震災に続き、今回の熊本地震でも効果が認められ、お客様より感謝のお言葉を頂戴しました。
免震書架(弊社施設カタログ Vol.9より)
前震直後の免震移動棚
●移動棚
①脚部の座屈
移動棚は支柱の脚部が座屈し、棚全体が斜めに傾くという現象が確認されました。標準タイプの移動棚は自立棚とパーツを共通化しているため、支柱脚部には自立棚に使用するポルト孔が2つ空いています。それでも通常は十分な強度を有しているのですが、地震により大きなエネルギーがかかった結果、積載重量によっては棚の脚部に過度の負荷が集中し、ボル卜孔の部分から座屈してしまいました。
=改善策=
2016年6月発売の新製品“slim Z”では、この孔を塞ぎ、支柱脚部の強度を向上させました。同年9月からは全ての移動棚でも同様の対策を施しております。
また、移動棚を含め書架・物品棚というのはそもそも「家具」の部類に属するため「建築物」のように設計上の酎震基準が存在しません。しかし、更なる強化を求める場合には、弊社では建築物の耐震基準を用いて設計する「耐震仕様」にも対応させていただいております(オプション対応)。
※耐震書架の設計にあたっては、要求する配梁のレベル、想定する積載重量、棚本体の各種寸法などの設定条件に基づいて構造計算を行ったうえで棚の設計をいたします。
移動棚の支柱脚部
自立棚用に開けていたボルト穴に荷重が集中し座屈した
新製品 “slim Z”の支柱脚部
自立棚用に開けていたボルト孔を塞ぎ強度を増した
②落下した収容物による棚の倒壊
冒頭に述べた通り、今回の地震の最大の特長は、短期間のうちに2度にわたる震度7の激震が襲ってきたことでした。
免震装置付き移動棚は、棚がレール上を自由走行することで地震の揺れを棚に伝わりにくくするというのが基本的なメカニズムです。
今回の地震では、前震の際に移動棚の端部に配置された固定棚からは収容物が落下しましたが、可動棚は本来の免震性能を発揮することができました。しかし前震の時に落下した収容物が可動棚の自由走行を遮ってしまったため、本震の際に本来の免震性能を発揮することができず、可動棚が落下した収容物につまづくように将棋倒しになる現象が見られました。
前震直後の免震移動棚
免震装世が無い固定棚からは本が落下したが、免展装置がある可動棚の本は被害を免れた
本震直後の免震移動棚
前展で落下した通路上の本が 可動棚の動きを妨げ、免震装置が作動せず被害が拡大
=改善策=
従来からカタログ掲載している落下防止バーや、新オプション “ドロップガード”をご提案し、固定棚からの収容物の落下を軽減させるようにいたします。
落下防止バー
棚板からの収容物の落下を防止する。収容物を出し入れする際は、バーを下に下げる。
新製品 “ドロップガード”(落下軽減パーツ)イメージ
※赤い枠内 地震の揺れによる棚板からの収容物の落下を軽減する
最後に
熊本で震度7の地震が起きることも、1日余りのうちに2度目の震度7が来ることも、今回の地震は我々にとってすべてが想定外でした。
しかし、「想定外」という言葉が使えるのは1回限りです。
今回の経験を糧に、これまでの「想定外」を「想定内」に代えて製品開発に取り組むと同時に、お客様に対して適切なご提案ができるよう、真摯な姿勢で更なる研鑽をつんでいきたいと思います。